成功を手放す勇気が欲しい

ユングという心理学者は、人が「昇進したんです!」という喜びの報告に対しては「それはご愁傷さま。お気の毒だが何とかのりきってくれ」と残念そうに言い、「降格になった」「クビを切られてしまって」などの残念な報告に対しては、「おめでとう!ここからはいいことばかりだ」と明るく言った、というような話が残っています。この逸話が事実かどうかはともかく、心理的にはとても示唆に富む話なのでその真意を考えてみたいと思います。「昇進した」ということは、これまでやってきた何かが良かったと評価されたと考えていいでしょう。一般的にこれは「成功」だと言えます。やってきたことに承認が得られた、一つの(いい)結果が出たということは喜ばしいことです。頑張った自分も報われますし、応援してくれた人達にも恩を返せたような気持ちになります。なにより自信になりますね。ですから、間違いなく「おめでとう!」な出来事です。

では、何が「ご愁傷さま」なのでしょうか。

昇進すると立場が変わります。立場が変われば周りの人との関係性も変わります。違う立場で違う人との関係性を築き、違う課題に取り組むことになります。ところが、これがなかなか言うは易く行うは難しなのです。

例えば、猛烈営業マンで常時売上成績トップで走り続けてきたとします。この立場では、誰よりも売上を上げることがチームに貢献することになります。上司のために予算をこなし、同僚や後輩の模範となるように自ら動くことが求められます。

ところがひとたびラインの長となると、部下にどう成績を上げてもらうか、が一番の課題になります。最近ではマネージャー業専業というよりはプレイイングマネージャーであることを求められることが多くなっていますので、自分の成績も上げなければならないし、部下にどうレベルアップしてもらうかにも取り組まなければなりません。この二つのタスクに必要とされる対人スキルは、必ずしも同じものではありません。立場が変わることで、成功の要件が変化するので、成功し続けるためには、自分の価値観や考え方もおかれた立場に沿うように変えていくことが求められます。

ところが、人の行動は習慣に支配されているところが多く、変化は善くも悪くもストレスです。本能としては「これまで通り」に考えて行動したいのですが、立場が変わることでそれが許されないことが心に負担となります。

これまでと同じように考え、行動してはいけない。

何らかの挫折があってそのような状況におかれれば、心に痛みは感じますが、「これまで通り」がうまくいかなかったことを受け容れざるを得ず、自分が変化しなければならないこともわかります。状況を改善したいと思うならば、過去の自分のやり方を手放し、変わろうという前向きな気持にもなりやすいでしょう。

ところが昇進などの成功がもたらす変化は、心の痛みがない分、「これまで」を手放すインセンティブがありません。むしろ、「これまで」の自分の在り方が今の自分を作ってきたという成功体験があるだけに、自分を状況や環境に合わせて変えていこうという気持になりにくいのです。「失敗」以上に「成功」は手放しにくいものです。

でも、過去の「成功」に執着していては、新しい立場での「成功」は難しくなります。

こんなとき、これまでの「成功」を手放すつもりで、心の中でこれまでの「うまくいった自分」の卒業式をしてあげてみてください。

自分が頑張ったところをしっかりと承認し、そんな自分の努力を支えてくれた人たちを一人一人思い浮かべては感謝の気持を伝えます。あらためて思い起こしてみると、思っていた以上に多くの人たちがあなたを応援してくれていたことに気づくかもしれません。そんな人々の温かい想いに包まれると、自力以上に他力がもたらしてくれたものの大きさが感じられたりもするでしょう。

立場が変わり、未知の世界を歩く怖さに直面したとき、あなたの勇気を支えてくれるのは、自分の成功法則以上に、思いがけず応援してもらい助けられたという他力への信頼ではないでしょうか。

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