人の好意・愛が受け取れない人の心理

「愛が受け取れない」理由とは

私たち「愛されたい」という欲求があります。この欲求は満たされても消えることはありません。
しかし、僕たちは成長に伴いその欲求を満たしてもらえるわけではなく、次第に望んでも満たされないからこそ「人に期待しない」態度を取るようになります。これが自立の始まりです。
この自立が強すぎると、つい人の好意や愛が受け取れず、息苦しい恋愛・夫婦関係や対人関係を構築してしまうことになるのです。

カウンセリングの現場で様々なお話を伺う中でとてもメジャーなご相談の一つ。

それが「人の好意にはありがたいと思うんですけど、でも喜べないんです」というもの。

ただその内容はいくつかのパターンに分かれます。

例えば「愛されたい」が「愛したい」を上回っていおり、パートナーや仕事、仲間などに対して依存的な態度をとってしまい、愛を求めても受け取れない(もらえないと感じる)状態にあるケース。

また、パートナーや仕事、仲間などに「与える意識」がしっかりあるけれど、愛されるとなんだかんだ戸惑ってしまって相手の好意を素直に受け取れないケース。

私たちはついつい「人の好意を受け取れなくなってしまうこと」で、限界や苦しさ、生きづらさを感じることがあるようです。

◯愛されたいという気持ちは「消えない」

私たちには「愛されたい」という欲求があります。

かつ、欲求とは私たちに必要なものなので、満たされたから消えるというものではありません。

例えば、食欲、睡眠欲のように一度満たされてもまた欲求を感じる、というわけです。

「愛されたい」も同じで消えないんですね。

だからでしょうか、普段から愛されたい気持ちを抑えてきた人が、好きでたまらないと思える人と出会うと、急にその依存心が吹き出していつもの冷静な自分ではいられなくなる、なんてことも起こるようです。

◯愛されることを期待しないために自立する

「愛されたい」という気持ちが消えないのなら、それがいつまでも満たされなかったとしたら不満を感じるわけですよね。時には、愛されない悲しみを感じることだってあるでしょう。

すると、私たちは「愛されることを望まなくなっていく」ことがあります。「誰かに愛されることを期待しても満たされなかった経験」が、私たちを自立に向かわせる理由になるのです。

それからはこう考えるようになります。

誰かに愛されることを望むより、自分自身が努力し、成長し、素敵な人間になれば、もう傷つかなくて済むし、誰かに愛されることを期待して振り回されることはない、と考え、そのように振る舞うわけです。

そのとき「愛されたい」という気持ちは禁止されたり「感じていると邪魔な気持ち」として扱われることも少なくありません。愛されたいという気持ちが満たされたいと思えども、その気持ちを優先するとロクな目に合わないと感じているような状態です。

このような状態の人が、もう一度好意を寄せる人、パートナー、仲間などとふれあい、素敵な関係を作ろうと考えた時、最も悩ましい問題になりやすいのが「愛されたい」という欲求の扱い方なのです。

その過去に、愛されたいと思ったけれど、傷ついたり、振り回された経験があれば、もう二度とあんな経験はしたくない、と思うものです。

それ故に「愛されたい」と思えども、「求める」のではなく「与える」もしくは「自分だけの世界を生きる」といった態度を取ろうとするわけです。

が、相手の好意を受け取らないことで、相手を傷つけてしまうという罠がここに待っているのですよね。

◯受け取れるようになるにはどうすればいいの?

では、どうすれば愛されたいという気持ちが満たされ、人の好意や愛情が受け取れるようになるのでしょうか?

ここでは「傷を癒やすこと」、そして「許していない誰かを許すこと」が求められます。

ただし、これは正直「やりたくない」と感じることかもしれません。

そもそも受け取れない理由の多くは、かつての自分が「愛されることを期待してさんざん傷ついたり振り回されたから」。

だから「もう昔のように振り回されたくない、傷つきたくない」と思うわけですが、もう一度愛されたいという気持ちに素直になるなら、その痛みを超えていく必要があるわけです。

また、何より向き合い難いのは「自分自身が自分を振り回した人・傷つけた人を許していない」という事実とぶち当たることでしょう。

自分自身が「愛されたい」と思っていた時代、自分のことを十分に愛さなかった人、振り回した人(例えば親や家族など)をなかなか理解できないし、許せないと思うものでしょう。

しかし許せずにいることで、自分自身が「誰かを許していないことで感じる罪悪感」を抱えてしまうわけですし、自分の罪悪感を否認したくなって、「傷つく自分が悪いんだ」と自分を責めたり、「愛を受け取れないのは誰かのせいだ」といった恨みつらみを持つ人も出てきます。

そもそも罪悪感は「自分は愛されるにふさわしくない」という感覚をもたらす感情ですから、傷を癒やしていなかったり、誰かを許していないからこそ、愛されたいという気持ちを表現できなくなり、人の愛情や好意を受け取りたくても受け取れなくなってしまうのです。

更に厄介なのは、罪悪感を感じている自分のままでは「愛されることはない」と思うので、補償行為と呼ばれる埋め合わせに行為を続けてしまうことです。

実は内心「愛されたい」と思っても、今の自分では愛されないと感じているからこそ、自分を磨いたり、いい人や良い子を演じている人は少なくないのかもしれません。

ただ、演じている自分を愛されても満足はしませんよね。だからいつまでたっても「愛されたい」という気持ちが消えずにいるので悩ましいわけです。

◯「心から与える」を意識すると道が拓ける

では、どのようにすれば「愛されたいという気持ちが満たされるのか」について考えていくと、やはり「自分の価値を認める」「心から与える」ということに尽きます。

特に「愛されるために」ではなく、自分の本意、本心、実現したいこと、好きなこと、表現したいことを通じて「人に心から与える」という経験を積むことです。実際に与える経験を積んでこられた方にとっては、今までの自分の行動の価値を改めて見つめ直して受け入れることです。

心から与える経験を通じて罪悪感を手放せますし、自分自身を誇らしく思え、その分だけ受け取れるようになっていきます。

そのために何度も何度も「自分が表現したいことってなんだろう」と自分の思い、願い、願望、目的について見つめていくといいでしょう。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

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年間400件以上の面談カウンセリングを行う実践派。「男女関係向上・男性心理分析」「自信・自己価値向上」に独特の強みをもち、ビジネス・ライフワーク発見なども対応。明快・明晰かつ、ユーモアと温かさを忘れない屈託のないカウンセリングは「一度利用するとクセになる」と評され、お客様の笑顔が絶えない。