最後にしたいこと (遺書を書いて気付けたこと)

もしも、みなさんが、あと数時間後に亡くなってしまうとしたら...
最後に何をしますか?何を思いますか?
私は、きっと手紙を書くと思います。
最初に頭に浮かんできたのは、「もう一度、あの人に会いたい」とか「あの景色を見てみたいな!」...って
そういうことが頭を過ぎりましたが、会いに行くまでに何時間もかかる人もたくさんいるし、その人達に会いに行ったら、いつもお世話になっている近くの人や家族に会えなくなってしまうし、「ああ、時間がないなあ~」って。
もしも、「あと半年や1年の命」というのなら、最後にやりたいことを一生懸命やって、何かひとつ、「これだというものを築いてみたい」とも思いますが、あと数時間なら、できることが限られていますよね。
だから、私は最後に大切な人たちへ手紙を書くと思います。
今回は実際に、遺書を書いたときのエピソードを書かせていただきますね。
■□■□初めて遺書を書いた日のこと■□■□
プロフィールにも書きましたが、私は20代前半、約2年の月日をかけ、海外を旅していました。
その時、ワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアにも1年間滞在していましたが、そこでの移動手段は、ほとんどが長距離バスでした。
でも、稀に飛行機も利用していました。
いかに貧乏旅行をするかが、モットーの当時、飛行機を利用しての移動は、ちょっとリッチな気分を味わえたのです。
●ラッキーなこと
その飛行機はシドニーのキングスフォード・スミス空港を飛び立ち、ブリスベン国際空港へ向かっていました。
フライト時間は長時間ではなかったので軽食が出てくるのを待っていて、私はその間、ブリスベンのガイドブックを読んでいましたが、少ししてから自分が座っているシートがとても広くてゆったりしていることに気づきました。
その時、隣にはオーストラリア人の中年の女性(キャリアウーマン風)が乗っていて、その人に 『この席、広くていいですね』 と声をかけると、その人が言うには 『ここはビジネスクラスだよ』 って
もちろん、バックパッカーの私が買った航空券は格安航空券で...
どうしてだろう?と思っていましたが航空会社によっては空席がたくさんあったり、逆に予約を取りすぎてオーバーブッキングになってしまった時などに、サービスとしてビジネスクラスに乗せてくれることもあるみたいですね。
私はその朝、ブリスベンに行くのでワクワクしていて、すごく早い時間にシドニー空港へ行ったのです。
その時、搭乗券の控えを渡した受付カウンターの人に 『フライトを楽しみにしていてね』 と最高の笑顔で言われたので、何のことだろう?と思っていましたが、たぶん搭乗者の中で、私が一番最初にチェック・インしたのだと思います。
だからご褒美としてビジネスクラスに乗せてくれたのかもしれませんね(^^)v
その隣の女性はいろいろと話しかけてくれました。
その人は仕事で頻繁に飛行機を利用し、オーストラリア中を飛び回っていること・年に250回くらいは飛行機に乗り、その時もこれから仕事でブリスベンに行くんだと言っていました。
ブリスベンの観光スポットなども丁寧に教えてくれて私も覚えたてのつたない英語でしたが一生懸命、知っている単語を使いながら、なんとか会話は成立していたと思います。
●異変!?
そして、どれくらい話したでしょうか?
はっきりは覚えていないのですが 確かその日は雨が降っていて、あまりいい天気ではなかったような気がします。
飛行機が急降下したので 『たぶん、乱気流に突入したのだろう』 と思っていました。
やがてシートベルト着用のサインが出て、シートベルトを着用。そこまでは、いつもの機内と変わりはありませんでした。
でも、激しい揺れが何度か続き、私自身もそのときまでに3、40回は飛行機に乗ったことがありましたが、 『かなり回数も揺れるし、いつもより揺れが激しいな』 と感じていたのです。
そのような揺れが何度も続き、少しづつ不安な気持ちになっていったのです。
その時、隣のオーストラリア人の女性に 『かなり揺れますね』 って言ったら、その人も顔がこわばっていて、『もしかしたら墜ちるかもしれない』 と言うのです(><)
その人は、過去に何百回と飛行機に乗ったけれど、『今まで、こんなに揺れたことはない』 と言うのです。
それを聞いたとき、まさか?とは思いましたが、先ほどまで冗談を言いながら話をしていたその人が真剣な口調で 『遺書を書いた方がいい』 というので事態はシリアスなのだなと思いました。
私自身も今までのフライトとは、どこか違うなと感じていました。
●不思議なもので...
不思議なもので、その時、それ程、怖くはなかったのです。
正直、まさかここで死ぬわけないだろう?と心のどこかで思っていました。
でも確かに大きな揺れでしたし、隣の女性にもシリアスな表情で言われたので遺書を残した方がいいのかな?...って
そして、生まれて初めて遺書を書いたのです。
その時、ビジネスクラスなんかに座れてラッキーなことがあったから、その次には、こうやって不幸なことが起きてしまうのかな?そんなことを思いながら書いたのを、今でもよく憶えていますが、結局出てくる言葉は「ありがとう」なんですよね。リアルな話、揺れていて、うまく書けないということもありましたが、出てくる単語は「ありがとう」だけでした。
家族や大切な人たちを思い出しながら、顔が浮かんできた人の名前をひとりずつ書き綴り、最後にみんなに向けて 「どうもありがとう」と書いたのを憶えています。
隣の女性は一生懸命、お祈りをしていました。
それを見て私も、あとは祈るだけなのだなと思っていました。
それからも激しい揺れが続きましたがパニックになることはありませんでした。
だって私に出来ることは、祈ることしかなかったんですもんね(^^ゞ
●無事、着陸... そして今を大切に生きること
ただ、いくら揺れるといっても、やはり飛行機は、そんなにかんたんには墜ちないものですね。私達が乗っていた飛行機もブリスベンに近づき、少しづつ高度を下げていきました。
その時、機内の多くの人達が身体を強張らせていたと思います。
私も隣の女性もすごく緊張していましたが、飛行機は無事、ブリスベン国際空港に着陸したのです。
普段、飛行機が着陸したときに拍手をする人がいますが、その時は本当にすごかったです。
無事、着陸すると、みんな拍手をしたり隣の人とハグをしたり、大歓声でした。
みんな同じように怖かったのだと思います。
今、振り返ってみると、あの時のことは不思議な感覚で、本当にあった出来事なのだろうか?と思うこともありますが、ただ、あの隣の女性が真剣な顔で 『墜落するかもしれない』 と言った時...
『もっと、今を大切に生きておけばよかった』 って思ったんですよね。
あの飛行機の大きな揺れは、私にそんなことを教えてくれたのかもしれません。
今を大切に生きたいですね。
土肥幸司のプロフィールへ>>>

この記事を書いたカウンセラー

About Author

自信喪失のケアから夢やビジョンの実現サポート、幸せになれるコミュニケーションを得意とし、”お客様を笑顔に”をモットーに、お客様の気持ちに寄り添った心理分析と、今できることを分かりやすく提案している。 優しい口調からか、癒し系のイメージを与えることが多く、いつも笑顔が絶えない。 ※2020/3/1より休会中

1件のコメント

  1. あと数日で、あと数時間で死んでしまうとしたらあなたは誰に会いたいですか?
    とか
    何を考えるでしょう?
    という、問いを自分にしてください。
    何度も考えたことがあるんですが・・・
    本日土肥さんが提示されたような状況のことは考えたことがありませんでした。
    そして・・・
    あーこれだったら「ありがとう」と
    私に優しくしてくださった皆さんのおかげでここまで来れました、と書くだろうな、と思いました。
    嫌なことをたくさん耳にし、自分が先に進めないことに心が荒んでいましたが
    それでも私の心に「感謝」の気持ちがあることに私自身が・・・
    うーん、分からないけどふと何かが落ちてきた思いがしました。