ありがとうが言えた!

 その昔、私の心が暗闇の中にだけいた頃のお話です。
 その頃、誰かが私のために何かをしてくれた時に、私は「すみません」「ごめんなさい」としか言うことができませんでした。
「こんな私」のために何かをしてもらうのは、ただただ申し訳なかったのです。
迷惑かけてごめんなさい、手がかかる子でごめんなさい、そんなことをしてもらっても何もお返しできません、とにかく申し訳ない気持ちだけでいっぱいでした。
 そしてどこかで、こんなに申し訳ない気持ちにならなきゃいけないんだから、お願いだから私のために何もしないでください。私のためを思うなら、どうか放っておいてください。親切になんてしないでください。当時はそんな風にも思っていたような気がします。
だから、誰かが私のためにしてくれることに「ありがとう」と感謝することはとても難しかったのです。
 ある時、「ごめんなさい」は「自分の気持ち」を見て言う言葉だという話を聞きました。
何かをしてくれる人は、私に「申し訳ない」という気持ちを感じさせたくて何かをしてくれているわけではない、というのです。
考えてみれば、確かに嫌がらせをされているわけではありませんでした。
むしろ、好意でしてくれているのはよくわかっていたのです。
私からしてみれば、「こんな私」が好意を受けるなんてとんでもないこと、だったのです。
「ごめんなさい」としか言えないのは、私の都合でした。
 それまで、「何かをしてくれる人の気持ち」までは考えていませんでした。
自分のことで手いっぱいで、人の気持ちを考える余裕なんてありませんでした。
うつむいて下ばかり見ていて、前が見られなかったのです。
そのことに気づいてからは、相手の気持ちも考えてみよう、少しずつ前を向いてみようと思いました。
何かをしてくれる人は「ごめんなさい」と言われるよりも「ありがとう」と言われる方が嬉しい、というのは頭ではよく理解できました。
 それでも、なかなか私は思うようには行動できませんでした。
 そんな時、一番私にいろいろしてくれる人に、「『ありがとう』って言われたら、なんて言い返すの?」と聞いてみました。
その人は「It’s my pleasure(=それは私の喜びです)と答えるよ」と教えてくれました。
「してあげたい」からしてくれているのだそうです。
見返りは求めていないし、ただしたいからしているのだそうです。
私に何かしてくれることは、その人にとって何の無理もない行為だったのです。
 それを知ってから、はじめて何かをしてもらえて「嬉しい」って感じてもいいのだと思えるようになりました。
「ありがとう」というのは、「あなたがしてくれたことで私は喜んでいます」って伝える言葉だと実感することができました。
そこでようやく私は感謝をこめて「ありがとう」と言えるようになりました。
 「ありがとう」と言えるようになってから、私の周りには笑顔の人が増えました。
そして、「ありがとう」と言ってもらえることが私の喜びにもなりました。
「ごめんなさい」としか言えなかった頃と比べると、とても楽な気持ちで毎日を過ごせるようになりました。
 今はまだ「ごめんなさい」としか言えない方、もしかしたら「ごめんなさい」とすら言えない方もいらっしゃるかもしれません。言葉が変われば、状況が変わります。
いつか「ごめんなさい」が「ありがとう」になりますように。 
 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

大塚 統子

自己嫌悪セラピスト。心理学ワークショップ講師(東京・仙台) 「自分が嫌い」「自分はダメ」「私は愛されない」などの自己否定、ネガティブな感情・思考をリニューアルし、自信や才能・希望へと変換していく職人。生きづらい人の心が楽になる気づきや癒しを提供。テレビ・Web記事の取材にも多数協力。