成人式の勇気と仲直り

私は、上の娘が小学校低学年、下の娘が幼稚園の時に離婚をしました。
私が体を壊してしまって全身激痛でとても子育てや家事をできる状態ではなかったため(後にリウマチだったことがわかったのですが)、実家に戻り母の手を借りて生活をすることになりました。

母は昔から、その時々で言うことがころころ変わったり、優しくなったりいやみったらしくなったり、とても気分屋の人でした。
だから、私はいつしか母の顔色をうかがうようになっていました。
子ども達も、そんな母に振り回されながらも、上の娘は持ち前のひょうきんさで母を笑わせて、とても仲良くしていました。

しかし、事件は上の娘が大学1年の時に起こりました。
私が仕事から家に帰ると上の娘が大泣きしているではないですか。
私がいない間に、あんなに仲が良かった母と大喧嘩をしたようなのです。
原因は下の娘のことでした。

当時、下の娘は中学3年生で、それまでずっと友達という友達がいませんでした。
そのことについて母が下の娘に対し、ののしるように何かを言ったようなのです。
その場に居合わせた上の娘が、聞くに堪えられなくなったそうで、「おばあちゃんだって、友達いないやん。」と言ってしまったそうなのです。
その言葉に母は激怒し、「私の気持ちも知らないで。この家から出ていけ!二度とこの家の敷居をまたぐんじゃない!」と上の娘に言ったそうなのです。

その後、どれだけ謝っても許してもらえず、上の娘は家を出ることになりました。
その時の私は、「おいおい、君たち。引越し代とか生活費出すの私やぞ。何勝手に二人でそんなことになってんねん。」と心で思いながらも、これ以上母を怒らせてはいけないし、娘に辛い思いをさせてもいけないと思い、言いたい気持ちをグッと堪えたのでした。
そして、上の娘は家を出て一人暮らしをすることになりました。

それから家では、上の娘の話はタブーになり、多めに作った料理を娘に持っていったりするのも、こそこそしなくてはいけなくなり、とても居心地の悪い雰囲気になりました。

そんな生活が1年ほど続き、上の娘の成人式が近づいてきました。
いつまでも、このままではいけないと思っていた私は娘に、「成人式の日、晴れ着姿をおばあちゃんに見せてあげない?もしかしたら、もっと傷つくことになるかもしれないけど、仲直りをするチャンスでもあるから。どうする?」と聞きました。
娘は、「うん、大丈夫。おばあちゃんに会いに行く。」そう言ってくれました。

そして、成人式当日。
振り袖姿の娘は、1年ぶりに家に帰ってきました。

娘はおばあちゃんの顔を見るや、「ごめんね。おばあちゃん。」と言って泣きながらおばあちゃんに抱き着きました。
それには、おばあちゃんも、「いいんだよ。おばあちゃんこそごめんね。振り袖姿、よく似合ってるよ。」と言って、二人で号泣しながら抱き合っていました。

おばあちゃんがどんな態度をとるかドキドキハラハラしていた私は、仲直りをしてくれてホットしたのでした。

***

あの時、母が何故下の娘にそんな酷いことを言ったのか。
そう、母もまた下の娘と同じで友達がいない人だったのです。

母はいつも、下の娘に友達がいないことを不憫に思い、少しでも寂しい思いをしないように、買い物や遊びに連れて行ってくれていました。
ですが、その時はそんな下の娘に対し腹が立ち酷いことを言ってしまったのでした。

人ってそういうことがあるのです。
自分の嫌っている部分を持っている人に無性に腹が立つことがあるのです。

母は、自分に友達がいないことを引け目や負い目に感じ、惨めに思っていて、そんな自分を責めていたのだと思います。
だから、下の娘を見ていると、心配だからこそ無性に腹が立ったのでしょう。
下の娘に自分を重ねて見ていたのですね。

心理学を学び、そういうことがあるのだとしりました。
 

上の娘が勇気をだして母に会ってくれたおかげで、二人は昔のように仲の良い関係に戻りました。
母も救われたことでしょう。
私だったら、会えたかな。
ついそんなことを考えてしまいます。

成人の日に、とびっきりのプレゼント『勇気と仲直り』をくれた上の娘に、感謝です。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

平島愛深

自己肯定・自己実現、対人関係(家族、子育て、職場)、離婚問題を得意とする。 離婚を経験する中、病気(リウマチ)を克服し、2人の娘(下の子は発達障害)を育てあげる。 「誰にも話せなかったことが何故だか自然と話すことができた」「どんなことでも受け止めてくれる」と圧倒的受容感に定評がある。