躁鬱を繰り返しています

相談者名
ぷよぷよ
もう10年以上、躁と鬱を繰り返しています。夏場の躁の時は、気持ちも大きくなって何でもできるように思えてハッピーです。でも、鬱になると誰よりも情けない人が自分だなぁ・・と思えてみんなに馬鹿にされているように感じます。無気力もひどくなります。仕事も躁の時は人の分までやっちゃうし、鬱の時は単純な書類一つ満足に書けません。その時期その時期に振り回されて今日まできましたが・・・躁鬱も長くなると、こんな事を繰り返すのかしらと客観的にみれるようになり憂鬱の原因となり、今年の冬の鬱はとても深くと長いです。夫も娘も病気には比較的理解があり、2人くらいですが友人にもそんな私を理解してくれる人もいます。でも、躁鬱を繰り返していると自分自身もそれを理解しようとしてくれている周囲も非常に消耗しているように思えます。医療の対象なのかなぁ?と思ったり、どうしたら躁鬱の波を縮められるのかなぁ?とも思ったり、悶々としています。カウンセラーの先生方何かアドバイスをお願いします。
カウンセラー
源河はるみ
こんばんは、ぷよぷよさん。
ご相談ありがとうございます。
源河といいます。> もう10年以上、躁と鬱を繰り返しています。

それは随分と長い間、振り回されてきましたね。
とっても、しんどいでしょう?

> 夏場の躁の時は、気持ちも大きくなって何でもできるように思えてハッピーです。でも、鬱になると誰よりも情けない人が自分だなぁ・・と思えてみんなに馬鹿にされているように感じます。無気力もひどくなります。

夏と冬という時期的な周期があるんですね。
これは、言い換えるとバイオリズムのようなものですね。
ぷよぷよさんは、自然に敏感だとも言えます。

実は、心というのは身体と同じように、季節の移り変わりや気候の変化、
そして、環境の土台になっている地球自体の変化にも、
敏感に反応するんです。

”流行”という現象は、私達が普段は意識しないような、
心の深いところで、人間社会に起こる「波」に反応しているからこそ、
起こるんですね。

「サルの芋洗い」のお話をご存知ですか?
ある離島に生息するサルが、ある日、海水で芋を洗って食べると、
塩味がついて、おいしいことに気付いたんです。
そのサルを観察していた学者は、霊長類の学習能力の賜物だと思っていました。

が、です。
私たち人間のように、船に乗って海を渡る事も、情報伝達の術もない、
そんなサル社会に異変が次々と起こりだしました。
その離島から離れた、別の大陸でも、海水で芋を洗い出すサルが現れ出したんです。

これは、心理学の世界でも広く知られている事実なんですが、
私たちの心は、そういったまるで海流のようなものを察知する能力が、
備わっています。
表面的には、躁鬱は日常の生活に支障をきたし、しいては身体の症状として現れて、
”病気”だと捉えることができますが、
それは、心に起こる「波」にうまく”乗れない”ということでもあるんですね。

そして、これはその”揺れ”に個人差はあるとはいえ、
私たち誰もが、経験し日々感じていることでもあります。

> その時期その時期に振り回されて今日まできましたが・・・躁鬱も長くなると、こんな事を繰り返すのかしらと客観的にみれるようになり憂鬱の原因となり、今年の冬の鬱はとても深くと長いです。

実は、くり返します。
ですが、肝心なのはその「波」にただただ揺らされるだけで、船酔いのように気分が悪いままでいるのか、はたまた、それがイヤだからいっそのこと海の中に潜ってしまうのか、
もしくは、揺れる海面を離れて空高く飛んでしまうのか・・・
この中にしか選択肢がないように感じてしまっていることに問題はあります。
躁のときは空高く飛んでいる状態のとき、鬱のときは海の底に潜っている状態のとき、
のことを指します。

一番いいのは、その「波」があることを自分に認めて、
「陸地を目指すこと」です。

> 夫も娘も病気には比較的理解があり、2人くらいですが友人にもそんな私を理解してくれる人もいます。でも、躁鬱を繰り返していると自分自身もそれを理解しようとしてくれている周囲も非常に消耗しているように思えます。

ご家族や友人は、ぷよぷよさんにとっては、その「陸地」のような存在ですよね。
想像してください。
海の上で、ただただ波にゆられてしんどそうなぷよぷよさんを見守るしか手がないとしたら・・・
ハラハラ、ドキドキ、気が気でないと思いませんか?
これでは、お互いが疲れてしまいます。

> 医療の対象なのかなぁ?と思ったり、どうしたら躁鬱の波を縮められるのかなぁ?とも思ったり、悶々としています。

一般的に、医療の処方として抗鬱剤というのは身体面(神経細胞)にアプローチします。
ですが、その原因となっている”自分自身の心に陸地がない状態”をそのまま選ばれるのであれば、身体は心に従うので、お薬も効かなくなってくるでしょう。

解決策として、私からオススメしたいのは、
気分の悪い船酔いを乗り越えて、今は”理解されている”人たちのいる、
「陸地」をぷよぷよさんの心の中に見出す方法、目指す方法です。
それは、自分から彼らを”理解しよう””受け入れよう”という意欲を持つ事でもあります。

一緒に、目指してみませんか?
お返事お待ちしていますね。

相談者名
ぷよぷよ
こんばんは・・・レスありがとうございます。
> > それは随分と長い間、振り回されてきましたね。
> とっても、しんどいでしょう?
はい。でも、今までは鬱だけがしんどくって、躁はハッピーだったので、苦にならなかったのですが、最近この躁の時の行動が鬱を招いていることや躁の時にありとキリギリスのキリギリスのような行動をしているので、鬱でしんどいんだなぁ・・・ということが見えてきたら、どちらもしんどくなってきました。ニュートラルな状態というのが、年間の1/4くらいで、そのときだけが本当の意味で幸せなのかもしれません。
> > 夏と冬という時期的な周期があるんですね。
> これは、言い換えるとバイオリズムのようなものですね。
> ぷよぷよさんは、自然に敏感だとも言えます。
明らかに周期があります。たとえばここ数日の暖かい天候は鬱を和らげてくれます。それだけで、今までと考え方がずいぶん変わります。> 表面的には、躁鬱は日常の生活に支障をきたし、しいては身体の症状として現れて、
> ”病気”だと捉えることができますが、
> それは、心に起こる「波」にうまく”乗れない”ということでもあるんですね。
> > そして、これはその”揺れ”に個人差はあるとはいえ、
> 私たち誰もが、経験し日々感じていることでもあります。
心に起こる「波」にうまく乗れない・・・ぴったしだ!と感じました。

> > 実は、くり返します。
> ですが、肝心なのはその「波」にただただ揺らされるだけで、船酔いのように気分が悪いままでいるのか、はたまた、それがイヤだからいっそのこと海の中に潜ってしまうのか、
> もしくは、揺れる海面を離れて空高く飛んでしまうのか・・・
> この中にしか選択肢がないように感じてしまっていることに問題はあります。
> 躁のときは空高く飛んでいる状態のとき、鬱のときは海の底に潜っている状態のとき、
> のことを指します。
> > 一番いいのは、その「波」があることを自分に認めて、
> 「陸地を目指すこと」です。
潜る、空を飛ぶ、陸地を目指すどれもとってもフィットする言葉です。何かこんがらがった糸の先っぽを教えていただいたような気持ちです。

> > ご家族や友人は、ぷよぷよさんにとっては、その「陸地」のような存在ですよね。
> 想像してください。
> 海の上で、ただただ波にゆられてしんどそうなぷよぷよさんを見守るしか手がないとしたら・・・
> ハラハラ、ドキドキ、気が気でないと思いませんか?
> これでは、お互いが疲れてしまいます。
本当にその通りです。相手を疲れさせるのでは?というのが、もう一つ鬱を深めます。
それがもっとも強く反応するのは、娘にたいしてです。娘には変な影響を与えたくない!強く思います。自分と母との関係が絡んでいるのかもしれません。娘には、自分が娘としてイヤだったことはしないように・・と思っていますが、そこのところにこだわればこだわるほど、もっともたどり着きたくないところにたどり着くように思えます。

> > 一般的に、医療の処方として抗鬱剤というのは身体面(神経細胞)にアプローチします。
> ですが、その原因となっている”自分自身の心に陸地がない状態”をそのまま選ばれるのであれば、身体は心に従うので、お薬も効かなくなってくるでしょう。
> > 解決策として、私からオススメしたいのは、
> 気分の悪い船酔いを乗り越えて、今は”理解されている”人たちのいる、
> 「陸地」をぷよぷよさんの心の中に見出す方法、目指す方法です。
薬で自分をコントロールされるというのがとてもイヤです。それで今までも何度も神経科への受診を考えましたが、結局行っていません。かなり重症の時もあるのですが・・・(鬱の方です)
> それは、自分から彼らを”理解しよう””受け入れよう”という意欲を持つ事でもあります。
彼らというのは、躁と鬱ですか?理解し受け入れることができたらどんなにいいだろう!と思う反面、受け入れることの抵抗になっているのは、きっとあの躁の麻薬のような爽快感だと思います。でも、この躁が自分の首をかなり絞めているのも紛れもない事実です。それをわかっていながら、10年以上やめられない、抜けれないまさにドラッグのようです。
> > 一緒に、目指してみませんか?
> お返事お待ちしていますね。
一緒に・・・という言葉が力強く感じられます。
よろしくお願いします。

カウンセラー
源河はるみ
お返事ありがとうございました。> はい。でも、今までは鬱だけがしんどくって、躁はハッピーだったので、苦にならなかったのですが、最近この躁の時の行動が鬱を招いていることや躁の時にありとキリギリスのキリギリスのような行動をしているので、鬱でしんどいんだなぁ・・・ということが見えてきたら、どちらもしんどくなってきました。ニュートラルな状態というのが、年間の1/4くらいで、そのときだけが本当の意味で幸せなのかもしれません。

私たちは、多かれ少なかれ躁と鬱のような状態を日々くり返しながら、
生きています。
肝心なのは、どんな波がやってきても、それに乗る事ができたり、
その波が、今よりもっとより良い未来へ自分を運んでくれるんだ、
と思う事ができるのか、感じる事ができるのか、なんですね。

> 明らかに周期があります。たとえばここ数日の暖かい天候は鬱を和らげてくれます。それだけで、今までと考え方がずいぶん変わります。

> 潜る、空を飛ぶ、陸地を目指すどれもとってもフィットする言葉です。何かこんがらがった糸の先っぽを教えていただいたような気持ちです。

その糸の先をつかみましょう。
前回もお話ししましたが、自然に敏感に反応したり、心の波を察知したり、
というのは、ぷよぷよさんがとても”感受性”が豊かだということの表れでもあります。
そして、どれをとっても「自分」の感覚なんですが、実はそれを「他」に置き換えて見てしまうと、
今の状況は変えていくことが出来なくなるんです。

まずは、”すべては自分の心に起こっていること”
そして、”これを変えていけるのは、誰でもない自分”なんだということに、
注意を向けてみましょう。

> それがもっとも強く反応するのは、娘にたいしてです。娘には変な影響を与えたくない!強く思います。自分と母との関係が絡んでいるのかもしれません。娘には、自分が娘としてイヤだったことはしないように・・と思っていますが、そこのところにこだわればこだわるほど、もっともたどり着きたくないところにたどり着くように思えます。

ここに、ぷよぷよさんがただただ波に翻弄されてしまう原因が隠れているようです。
今の「陸地」はだんなさまや娘さんでしょう。
でも、過去にはぷよぷよさんにとって、そこを離れたくなるような「陸地」があったはずです。
だから、心が安定しなくなって辛い思いをされているんだと思うんです。
過去いたはずの「陸地」、それはそのお母様がいたぷよぷよさんのご家族ですね。

私たちは、どんなに抵抗しても自分の両親に似てくるものです。
そして、それは嫌えば嫌うほど、そうなることも事実。
まして女性ですから、お母様のようになってくるのは避けられないんですね。
でも、そのことを否定しつづけても、その影響を娘さんに与えなくて済むわけではありません。

ここでは「お母様」やお母様との関係を見直す必要があります。
娘としてされてイヤだったこと、お母様に対して感じてきた感情など、
そこから目をそむけることにこだわるのではなく、
よ~く見つめることに、こだわった方が「陸地」に早くたどり着く事ができます。

実は、これが怖いから、海の上にずっといるはめになっているんですね。

心の中では、子供の頃のぷよぷよさんが今もしっかり生きています。
そして、心のなかに「陸地」を見出すことは、同時に「母親」という役割を、
自分がしっかり認識するということでもありますよね。
そうすると心の中の子供が、抵抗するんです。
「あんな母親にはなりたくない!」って。
現実では、ぷよぷよさんは母親なんですが、その現実に心を込める事を拒否してしまっている状態なんですね。

> 彼らというのは、躁と鬱ですか?理解し受け入れることができたらどんなにいいだろう!と思う反面、受け入れることの抵抗になっているのは、きっとあの躁の麻薬のような爽快感だと思います。でも、この躁が自分の首をかなり絞めているのも紛れもない事実です。それをわかっていながら、10年以上やめられない、抜けれないまさにドラッグのようです。

彼らというのはご家族のことです。
一般的に、ドラッグというのはそれとは正反対の心の持つ苦痛や、生きる事への恐れを麻痺させるために用いられます。
でも、ということはです。
ぷよぷよさんの中に、お母様との関係でとても辛い経験や、二度と味わいたくない感情を、
経験したことの裏返しでもあるんですね。

躁鬱とい症状名に置き換えられている、ぷよぷよさんのそうした苦しい感情を、
自分のものとして認め、受け入れていく、そして理解し癒していくことを、
この躁鬱は、”心からのサイン”として、ぷよぷよさんに教えてくれています。

そこに向き合って、ひたむきに生きる姿を見て、そしてぷよぷよさんが見出そうとする
「陸地」に自分がいるんだと実感できたときはじめて、娘さんは母親の愛情をそこに見つけることができるんです。
影響を与える事を恐れるのではなく、愛することを喜びに変えていきましょう。

> 一緒に・・・という言葉が力強く感じられます。

娘さんも同じ気持ちだと思いますよ。
たとえ一緒に暮らしていても、心がひとつに通うことがなければ、
それは不安に感じてしまいます。
そして、ぷよぷよさんがそこを抜けるためなら、ご家族はその援助を惜しまないと思います。

お母様との関係を見つめ直してみませんか?
お役に立てましたら幸いです。

 

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