20代の頃、しきちゃんていう友だちがいたんです。
毎日顔を合わせていて、にこにこ笑顔がかわいくて、いつもふんわりとやさしくて、あったかい女の子でした。
みんなでわいわい話をしている時には、しきちゃんはいつも、静かににこにこと話を聞いているタイプでした。
私は、そんなしきちゃんが大好きでした。
ある時、ふたりきりになると、しきちゃんは、神妙な面持ちで、ぽつりぽつりと話し始めたんです。
「言わなくっちゃって思ってたんだけど・・」
って始まったしきちゃんの話は、しきちゃんが失恋してしまった話でした。
2ヶ月くらい前に、彼に別れてほしいって言われたって。
彼とのデートの話は、よく聞いていたので、私はびっくりして声も出なかったほどでした。
しきちゃんは、かなしくてかなしくて、彼を紹介してくれた知人に相談したそうです。
知人は、彼と話をしてくれて、怒ってもくれたそうです。でも、彼の気持ちは変わらなかったそう。
さいごのさいごに、彼とドライブしたんだそうです。
しきちゃん、もう我慢ができなくなって、窓を開けると、風がゴーゴー入ってくる車内で、わぁわぁ泣いちゃったんだそうです。
「きらいになりたくないから、やめろ」
って彼が言ったって、教えてくれました。
しきちゃんは、彼とお別れしてから、ほんとに辛い日々を送っていたそうで、
「眠ってると、寒くなってくるんだよ、寂しくって。」
そんなこと、しきちゃんは涙も見せずに言うんです。淡々と話してくれたんです。
私は、心で、しきちゃんに謝っていました。
気づいてあげられなくて、ごめんね、ごめんねって。
だって、そんなに辛い時にも、私、しきちゃんに毎日会っていたんです。
でも、しきちゃん、そんな辛そうな顔、一度もしなかった。
私が、鈍感だったのかな。
私が、頼りなかったのかな。
ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
心の中で、自分のこと、バカバカって思いました。
でも、それを感じ取ったみたいに、しきちゃんは、こう言ったんです。
「かなしすぎて、言えなかったの」って。
「だから、今になっちゃったんだよ。ごめんね。」って。
しきちゃんが謝ることないのに、そう言って、寂しそうな笑顔で私を見たんです。
しきちゃん、なんてえらいんだ、なんてがんばり屋さんなんだって、思いました。
そんな大きな辛い出来事を、自分一人で受け止めて、踏ん張って、乗り越えて・・。
自分のことより私のことも、気を遣っていたに違いない。
なんにも気づいていなかった私に、1から話すのも、きっと辛かったにちがいない。
でも、かなしい話だから、私をびっくりさせないか心配してくれたのかもしれない。
しきちゃんは、おとなしいやさしい子で、ふんわりしていたんです。
だから、こんなふうに思ったことはなかったけれど、その時思ったしきちゃんの「強さ」。
どこからそんなものが出てきたんだろうって思うほどの。
2ヶ月経っていたからなのか、しきちゃんの中では、いろいろと整理できていたからなのか、私に気を遣ってからなのか、それから、しきちゃんは、その話をすることも、かなしい顔をすることもありませんでした。
ふつうにやさしい、にこにこ笑顔の変わらないしきちゃんでした。
でも、その時の私は、しきちゃんは大丈夫なんだろうかって思っていました。
「寒く感じるほどの寂しさ」って、どんなものなんだろうって、しきちゃんの辛さを思い測る他ありませんでした。「大丈夫?」って心では思っていたけど、実際には尋ねることができませんでした。
「(私に)話せるようになったら、大丈夫」って、しきちゃんは思って、2ヶ月経ってから話してくれたのかもしれません。
なるべく負担をかけないように、渦中の相談じゃなくて、あれは報告だったということを思うと。
*
これは、何十年も前のお話です。
しきちゃんは、あれから数年後に、素敵なダーリンとゴールイン。
かわいらしかったしきちゃんは、メキメキきれいな女性になっていきましたよ。
この出来事を時々、ふと思い出します。
そして、こんなことも思い出すんです。
「しきちゃんみたいに、強くなりたい」
そう、あの頃思っていたなって。
私は、しきちゃんより2歳年上で、態度も声もデカかったのですが、自分にどこか自信がなかった頃でした。
自分とは何ぞやということが、さっぱりわからない頃でもあったんです。
だから、足が地面についてないような、不安定で、適当な感じで過ごしていたように思います。
側からは強くて頑丈そうに見えていたかもしれないけど、心の中は真逆でした。
しきちゃんの秘めた「強さ」は、私にはないものだと感じていました。
おとなしくてやさしいしきちゃんが持っていた秘めた「強さ」。
自分に起こっている問題や、自分の感情について、誰かのせいにしなかったこと。
そして、自分で引き受け、乗り越えたこと。
しきちゃん、すっごくがんばったと思います。
カウンセラーになった今、「もっと頼ってくれてもよかったのに!」って思わなくもありません。
でも、あの出来事は、しきちゃんにとっても、私にとっても、それぞれの大切な意味があったものだと思っています。
今でも、あの時のしきちゃんは、かっこよかったって思うし、
今でも、私できているかなって、背筋が伸びるような気持ちにもなるんです。
みなさんの人生にも、今でもあなたを助けるような、背中を押すような、そんな出来事があるかもしれません。
「意味があるとしたら」というふうに、見つめ直してみていただくと、気づくことがあると思います。
最後まで、お読みいただき、ありがとうございました。