許しは私のために

こんにちは。
カウンセリングサービス心理カウンセラーの青井あずさです。
心理学では、「相手を許す」ということが折に触れて出てきます。
カウンセリングをしていても、クライアント様にこのようなお話をすることがあります。
今日は私の「許す」という体験についてお話します。

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「やっとあいつのパンツ洗い係ができた」
これは、義理の母が結婚したばかりの私に言った、とっても印象的な言葉です。
今から13年前。
パンツ洗い係!
当時の私はその言葉の響きにものすごくショックを受けました。
いまどきパンツ洗い係って、お手伝いさんじゃないんだから。
夫のパンツを洗うだけの嫁の立場か。
それとも私はパンツ洗うしか価値がないってことか…
「とんでもない男尊女卑の村に来てしまった!」
と、友達に夜中電話で泣きながら愚痴っていました。

その言葉を最近になって、ふと思いだす機会がありました。
ヒーリングワークという心理学を使ったセミナーに出席しているときのことです。
グループワークのお題は「ありがとうを言っていない人に、ありがとうを伝える」というもの。
数人の小グループに分かれて、グループ内でありがとうを伝えていない人を思い起こさせる人を選んで、その人に自分の前に立ってもらう。
自分からありがとうを伝えて、その人に近づいていくという心理実習でした。
ありがとうを伝えていない人というお題で、私の中で思いついたのは義母。
目の前に義母を思い出させる人に立ってもらい、相手の目を見てありがとうを伝えようとします。
すると、とたんに義理の母に言われて嫌だったことやされて嫌だった事柄が、頭の中によみがえってきて足が前に進まないのです。
ありがとうと言いたい。
でもあんなこともされたし、こんなこともされたし。
そうそう、何より「パンツ洗い係」って言われたことに傷ついた!
沢山の親戚の前で貶められたように感じたから、あの時に義母を許さないって決めたんだった。
でも、でも、でも…
そんなときに、足の進まない私の様子を見ていたトレーナーからこう言われたのです。
「それが、愛そうとしても愛せない苦しみです!」

その時に私が参加していたヒーリングワークのテーマはこのようなものでした。

 「愛し合える喜び」

私が義母を目の前にして、感じていた苦しい感情。
ありがとうと言いたいのに言えないのは許したいのに許せないから。
相手を許せるそんな優しい自分、大きな器の自分になることが信じられない。
自分が義母を許すということを自分に許可できない。
だって私あんなこともこんなこともしてきた。
心の中で何回も相手を悪者にしてきた。

「それが、愛そうとしても愛せない苦しみです!」

そうか、私、愛したかったのにできなかったから、こんなにも今苦しいんだ。
そうか、私本当は義母と分かり合いたかったんだ。
でもそうできなかったことがこんなにも苦しかったんだ。

私、本当は、義母と分かり合いたかった。
その気持ちに気付いたときに、沢山の涙が出てきました。
同時に不思議なのだけれども、心底ほっとした気持ちを感じました。
そして私は義母にありがとうを言うことができたのです。

ありがとうを伝えた時に、ある考えが浮かびました。
パンツ洗い係なんて言ってたのは義母の照れ隠しで、本当は夫と私の結婚を喜んでくれていたのではないか。
もしかしてあれは義母なりの祝福の言葉だったのではないか。
沢山の事柄が私の中でそのことを隠してしまっていたけれども、あの時義母が伝えたかったのは
「息子と結婚してくれて、ありがとう」
ということではなかったのだろうか。
そうだった、義母は恥ずかしがり屋で照れ屋で、だから喜びをあんな風に表現にしたんだ。
そう思えたのです。

私の中で義母からの侮蔑の言葉は、義母からの感謝の言葉に書き換わってしまいました。
義母は4年前に亡くなっています。
沢山のもめ事をそのままに亡くなってしまったので、私の中には沢山の後ろめたい気持ちがありました。
そのせいか私は義母の墓参りにいくことはありませんでした。
墓の前を通るたびに嫌な気分を感じてはいたのですが、それは義母を愛せなかった私の苦しみでした。

自分の分かり合いたい気持ちに気付いて義母にありがとうを言うことができたせいか、思いがけず義母からのありがとうを受け取ることができたせいか。
月命日には義母の墓参りをするようになりました。
義母に花を供えることができるのは、とってもほっとする気持ちです。
義母が好きだった花を供えるのは、分かり合いたい私の素直な気持ちです。
自分の気持ちを素直に差し出せるというのはこんなにも楽なものなのか。

人は愛し合えないときに、分離し、問題を作ると言われています。
そして愛し合えないときに感じるのが、罪悪感という感情です。
私は愛し合えないから、分離して、義母と分かり合えないという問題を作り、罪悪感を感じて苦しい思いをしていたのです。

今、誰かとの間に問題があり、苦しい思いをしている。
それを自覚しているのならば、自分のためにその人を許そうと思ってみてもいいのかもしれません。
やってみると自分が思いもよらないような愛を受け取ることがある。
私が義母を許したときに受け取ったのは彼女からの感謝でした。
それはもともとあったもので私が気づいていないだけだったのかもしれませんね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

青井あずさ

離婚危機や家族・親族との軋轢を越えてきた経験から、パートナーシップや家族関係を中心に人間関係の問題全般を扱う。持ち前の感覚と感性を使い、クライアントの繊細な感情を読み取り、表現することに長けている。痛みや苦さを癒した先に見えてくる自己実現までをサポートすることが得意。