母との時間

一昨年の12月に母が大腿骨を骨折してから、1年3か月が過ぎようとしています。
この1年で母の生活はガラリと変わってしまいました。
手術・リハビリをして、杖を使って歩けるようにはなったのですが、やはり外を一人で歩くには困難で、週2回のデイサービスに通う以外は外出することもなくなってしまいました。
それまでは、今日は朗読の会、明日は太極拳、明後日は歩こう会などと、週に3−4日は
お稽古や趣味に通っていました。
時にはお友達と旅行に行ってみたりと、案外忙しくしていたんです。
家事もそれなりにこなせていました。

父が25年前に亡くなって母が一人で暮らすようになった時、すごく落ち込んでふさぎ込んだらどうしようと心配したのですが、まだパート勤めをしていたこともあり、周囲の人にも気遣ってもらったおかげで意外と一人の生活を楽しんでいました。
もうずいぶん前になりますが、ヨン様ブームでヨン様ファンになった時は、実家に帰るとあちこちにポスターが貼ってあってあり、DVDをお友達と交換しあって毎日見ていると話してくれたこともありました。
いつからこんなミーハーになった?とビックリしたこともあります。

昭和一桁生まれの母は、頑張る精神が旺盛で、周りにすごく気を遣うまじめな人で、家事も仕事も一生懸命にする人でした。
そこまでしなくていいじゃない、そこまで考えなくてもいいのでは、と母をみながら思った記憶があります。
子育て中や父が生きている間は、自分が何かを楽しむなんてことはなかったように思います。

そんな母が、家でほとんどを過ごすようになって、あまり人と接しなくなり、その後、腰の痛みで昨秋に手術をして入院したことで、それまではあまり目立たなかった認知症の症状も出てくるようになったと妹からは聞いていました。
一昨年に骨折で入院した時も感情の起伏が激しく、物忘れも多くなり、人の話をキチンと理解していなかったりということはあったのですが、妹に言わすと、2度目の入院後から特にその症状が目立ってきたということでした。

母は関西、私は東京ですので、私が母に会うのは月に1回くらいなので、年齢的なもので仕方がないくらいにしか思っていませんでした。
お正月に帰省した時も、さっき話したことも忘れている、何をしたかも覚えていない、ということはあっても、まだ自分で動けているし、簡単な料理もなんとか自分で出来るようなカンジでした。
ただ、去年は時々LINEで連絡をしてきていたのが、今年になってからはその連絡がないことと、私が送ったLINEも既読にならないのが気にはなっていました。
ある時、心配になって母に電話をかけると、
「よくわからないから、スマホを見てなかった。普通に元気ですよ。あなたはどう?」と返答があるので、まだなんとか大丈夫そうと胸をなでおろしていました。

けれども、先月実家に帰った時、LINEはやはり既読にならないので幹線を降りたところで電話をかけ、
「あと1時間くらい家に着くから」と伝えました。
電話に出てはくれたものの、最初はちょっと戸惑ったようなカンジがして、私のことがわからない? とちょっぴりヒヤリとしたのですが、普通に話ができたので安堵しました。

夕方すでに暗くなったころ家に着くと、母は1人で食卓テーブルにボーっとしたように座っていました。
私が、
「どうしたん? テレビもつけずに・・」と声をかけると、母は突然泣きながら、
「ごめんね、こんなんで。遠いとこ帰ってきてもらって。ホント情けない。迷惑ばかりかけて・・・ なんでこんなことになっちゃったんだろう」と言うんです。
私はビックリした気持ちを、泣きそうになるのを隠しながら、平静を装い
「なに言うてんの。迷惑なんかかけてないやん。こうやってママは一人で暮らせてるから、私は東京にいられるし有難いと思ってるで。さ、ご飯作るわ。ちょっと待っててな。」というのが精いっぱいでした。
(カウンセラーをやってなかったら、この母の気持ちに対応できたかわからないなあ、と考えながら、カウンセラーでよかった、と思ったのでした。)

妹から認知症には、攻撃的になるのと自分を責めるのがあると聞いたのですが、母は自分を責めるタイプのようです。
まあ、些細なことを気にする人でもあったからそうなるのも当たり前かと思いながら、まだ自分で物事がわかっているから余計に忘れてしまったとか思い出せないとかが悔しい、情けないになるのかもしれません。
だけど、その姿を見るのはやっぱり辛いですね。
元気で動き回る母、それが母のイメージでしたから。

今回、帰ってみてわかったことは、デイサービスの回数や時間が増えていることを見ても、状況が悪くなっているということ。
母は何かをする気力もだんだんと失せてきたようで、自分で出来る家事も限られてきていることを考えると、これからますます介護が必要になってくるのもそう遠くないことなんだろうなあ。

母はまだ認知症の様子が外の人には見えないことが多いので、妹はそれをわかってもらえない辛さを時々私に話してくれましたが、ようやくその意味や妹の大変さも、実感したように思います。
忙しい中、週に一度は母のところに顔を出し、いろいろなことを対応してくれている妹には本当に頭が下がります。
高齢化社会と言われている昨今、同じような想いを抱えている人は、きっとたくさんいるのでしょうね。

その翌日は、家にこもりっきりの母を散歩に誘い、家の近くを少し歩きました。
以前、私と散歩に出た時、家の中と違って道路はデコボコしていて歩きにくいようで、ちょっと進んだところで一瞬目を離したスキに転倒してしまったことがありました。
顔を打ってすり傷程度で手足の骨折は免れたものの、そんなことがあったので、私も母を連れ出すときはかなり慎重になります。
普通に歩くと5分弱程度の距離を途中で休めるように、イス代わりになる折り畳みの踏み台を持ち、母の手をとります。
母は右手に杖、左手に私の手を握りながら歩きます。
その左手が私の手をしっかり、とても強く握ってくるので、一人で歩くのがどれだけ大変なのかがわかります。
こんなに手をつないで歩くのっていつ以来だろうと思いながら、手をつなぐ強さに本当に年をとったんだなあと切なくなってしまいました。
だって85歳だもの、仕方ないね。いつまでこうやって一緒にいられるかな、私はママがいなくなった本当に一人になるからまだまだ逝かないでね、とそう願いつつの散歩でした。
今年は桜の開花も早そうですが、次に帰った時は近くの公園にある桜を見に行こうね。もう何年かは一緒に桜を見ようね。

この記事を書いたカウンセラー

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自己否定、自己嫌悪、疎外感、自己肯定を得意とする。「その方の心に寄り添い、一番の味方でいること(安心感)」をモットーに、わかりやすい言葉で恋愛問題や対人・自己との関係を紐解き、改善・生き易さへと導いている。  東南アジア2カ国での生活経験もあり、国や文化の違いについても造詣が深い。