補償行為(4)~違う選択をしてみる~

罪悪感を隠し、埋めあわせる補償行為をすることがあります。

これの問題があったとしたら良いことをしている割に、そして労力のわりに得られるものが少ないということです。

罪悪感からの補償行為とはどんなものかを例えを使って説明してきます。
そんな罪悪感からの補償行為をしていることに気づかれた時にしてみてはいかがでしょう?と提案を今回は2つしてみたいと思います。

良くないものは隠したくなる心理が働き、それを隠し補う行為をするのが補償行為ということを書いてきました。

前回まではコンプレックスや無価値感を隠す補償行為を例にあげました。

今回は罪悪感を隠す為に補償行為をすることがある例をあげてみたいと思います。

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例えば、出張が多い大阪在中のHカウンセラーという人が仮にいたとします。(あくまで仮の人ですよ、仮の話)

Hさん本人は「今日はどんな人との出会いがあるのかなぁ~」と出張に行くことは楽しく思っていました。

しかし出張に行くさいに子供に「パパ今度はいつ帰ってくるの?」と言われ『さみしくさせているかなぁ?』と罪悪感を感じたとします。

そして幼い子を妻一人に任せることにも『出張中は妻一人に子育ての負担がかかって申し訳ない』と罪悪感を感じたとします。

妻や子がHさんに対して寂しくさせている、負担をかけていると恨みがましく思っているかどうかはわからないのですが、Hさんは罪悪感を覚えたとします。

罪悪感を抱いたHさんは出張帰りに駅のお土産売り場で両手に抱えきれないほどのお土産を買うのです。

その山ほどのお土産を家に持って帰り「はい、これは○○名物のお菓子、これはクライエントさんから聞いたお薦めの品、それとこれは季節限定のお菓子、それと・・・・」と妻と子に渡すのです。

妻と子の反応は「美味しそう」と喜んでいる感じ。

その反応を見たHさんはホッとするのでした。

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例え話のHさんの物語を補償行為という視点で見てみると、出張で家を空けることに罪悪感を感じたHさんはその悪いものを隠し、埋める為になにかをしました。

この場合は山ほどお土産を買って帰るということですね。

これが補償行為となります。

罪悪感があったので埋め合わせる為の行為をしたという言い方もできます。

罪悪感は悪い自分は罰せられるという心理なので、怒っているのではないか、嫌われるのではないか、恨まれるのではないかということが心のどこかで気になります。

その為にお土産を山ほど渡し妻と子の反応は「美味しそう」と喜んでいる反応を見たHさんはホッと一安心をしたというわけです。

ここで問題があるとしたら家族にお土産を買ってきたという良いことをしているにもかかわらず、両手に抱えきれないほどのお土産を運んできたという労力をかけているにもかかわらず、得られているものが“ホッと一安心”ということだけということです。

「良かった家族が喜んでくれてとっても嬉しい~」「その顔が見られて満足だ。やってよかった」という満足感、達成感、感動というよりも“ホッと一安心”という安堵感だけ。

罪悪感からの補償行為というのは良いことをしているわりには、労力のわりには得られるものが少ないようです。

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また違う例えを出してみますね。

ある奥様がお高い買い物をしたとします。

前から欲しかったブランド物のバックを買ったとします。

そのブランドものカバンを買ったのは悪いことをしているわけではないのですが、その奥様は『自分だけ欲しい物を買ってなんだかうしろめたい・・・。しかも高い物だけに余計に罪悪感を感じちゃうわ・・・』と罪悪感を覚えたとします。

私だけ欲しい物を買ってうしろめたいと思った奥様は帰りがけに旦那の為のセーターを買うのです。

そして家に帰り旦那に
「今日デパートであなたの為のセーターを買ってきたわよ。あったかそうでしょう。それと・・・私も欲しかったバック買っちゃった」

と言うのです。

セーターを手に取り旦那は言いました。

「サンキュー。温かそうな良いセーターだね。君のバックも良いね」と。

それを聞いた奥様は『何だよ!おまえだけずるいぞって言われなくて良かった』と思ったのでした。

 

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この物語も旦那の為にセーターを買うという良い行いをしているはずなのですが、罪悪感がありその埋め合わせの行為(補償行為)としてセーターを買っている為、得られているものが『喜んでくれている。買ってきた良かった』という喜びではなく『何だよ!おまえだけずるいぞって言われなく良かった。』というものが得たものになったわけです。

罪悪感を埋め合わすために何かをするということはどうも労力のわりに得られるものが少ないようです。

コスパ悪し!ですね。

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罪悪感を隠し、埋める行為として何かをするのも、どうもコスパは悪そうです。

罪悪感の埋め合わせとして補償行為をしようとしていると気づいた時にお薦めしたいことがあります。

それは補償行為をしないという選択をするか、補償行為ではなく愛からしてみようと思ってみるかです。

『埋め合わせの行為をし続けて得られる物が少ない、少ないどころかやればやるほど疲弊してきたこれではむしろマイナス効果だ!』というケースはあるかと思います。

補償行為をしないという選択をしてマイナス効果を無くすという選択をするというのはありだと思います。

そしてもう一つは動機を愛に切り替えてみるということです。

やることは全く同じなのですが罪悪感からの補償行為ではなく、愛からそれをしてみようと思ってみるのです。

Hさんのケースで例えると『僕は長い間家をあけて申し訳ないという気持からお土産を買って帰ろうとしているなぁ』とまず気づき、『その気持からではなく子供を喜ばしたい、妻をねぎらいたいという気持からお土産を買おう』と思ってみるのです。

セーターを買った奥様で例えると『私だけ欲しい物を買ってうしろめたいという気持で買おうとしているなぁ』とまず気づき、『そうではなくて旦那にあったかいものを着させてあげたいという気持で買って帰ろう』と思ってみるのです。

すると妻や子が喜んでくれた、夫が喜んでくれたという反応を見て『買ってよかったなぁ』『やってよかったなぁ』という満足感、達成感、感動というものを得やすくなります。

使う消費カロリーは全く一緒でも動機を変えることえ得られるものが変わってくるのです。

こちらのほうがコスパは良さそうです。

生活の中の補償行為を減らし、愛からすることを増やしていけるといいですね。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

原 裕輝

若年層から熟年層まで、幅広い層に支持されている、人気カウンセラー。 家族関係、恋愛、結婚、離婚、職場関係の問題などの対人関係の分野に高い支持を得る。 東京・名古屋・大阪・福岡の各地でカウンセリングや心理学ワークショップを開催。また、カウンセラー育成のトレーナーもしている。