強迫神経症でしょうか・・・?

 

相談者名
はる
職場の人間関係が原因で心療内科に行ったところ、神経衰弱・情緒不安定・神経症と医師に言われました。そのこともあり、本やインターネットで神経症を調べてみたのですが、今までこんなことを考えたりしたりしているのは自分くらいだろうと思っていたことが書いてありました。
それが次にあげることなのです・・・
ガスや鍵を何度も確認してしまう、車を運転していて角を曲がったりしたときに突然今人を轢いてしまったのではないかと考えその場所に確認にもどってまったり、交通事故などの悲惨なニュースを見ていると、ひどい感情が頭の中にわきおこりそれを否定する言葉を繰り返して考えたりすることです。他には、扉を何回もあけたりしめたりしてしまいます。ペットボトルのふたも一度では閉められません。閉めるときに家族に不幸があるのではないかという考えが浮かんできてしまい、自分がそれを打ち消すまでしてしまいます。電気のスイッチも同様です・・・。そのようなときに呪文のような言葉を頭の中に重い浮かべたりします。そのたびに苦しくいやな気分にみまわれます。ただ、私はこのようなことを一種の癖のようなものでこの症状とはずっと付き合っていかなければならないんだと半分諦めていました。そのように思っていたのですが、本やネットで神経症を調べてみたところ自分と類似している部分があって今とても心配です。私はこのままほっておいて良いのでしょうか?
カウンセラー
ながのひろみ
はるさん、こんにちは。担当させていただくながのです。
よろしくお願いいたします。癖だと思って諦めて受け入れようとしていたけれど、
病気だと思ったらかえって心配になったのですね。
それなら何か対応しなければいけないような気持ちにもなりますよね。

何度も確認する行為は、自分でわかっていながらなかなか止められないので
きついですよね。
うまくやれているかどうかという不安や何か悪いことが起きたのではないかと恐れが、
繰り返す行為に駆り立ててしまうように思います。

ニュースを見るにしてもボトルのフタにしても、恐れる気持ちが土台にあるので、
どうしてもネガティブな思いにくっつきやすいのかもしれません
ニュースを見て私が今日事故に遭わなかったのは何かに守られているのかも・・とか、
ボトルのふたを閉めるたびに家族にいいことが起きるかな・・などという
ポジティブな思いは、恐れや不安の渦中ではよほど意識しておかない限り
生まれにくいように思います。

この呪文のような言葉は、癖のようなものと書いていらっしゃるとおり、
はるさんの心に自然に浮かび上がってくる感じなのでしょうね。
そういう言葉が出てきた途端、“また出てきた・・”と動揺してしまうこともありませんか。
考えて出てくるものではないので逆らえない感じもあり、
さらに嫌な気持ちになるのかもしれませんね。

さて、このような自分の状態をほっておいてよいものかどうなのかというご質問ですが、
はるさんが生きにくさや辛さを感じているのなら取り組まれることをお勧めします。
私たちは病気に対する医療上の行為はできませんが、
はるさんの恐れる気持ちやしんどい気持ちを受け止めることはできます。

その気持ちがどこから来ているのか一緒に探って見ていきませんか。
よろしかったら初回電話カウンセリングを利用してみてくださいね。

はるさんの気持ちが少しでも楽になりますように。
ご相談ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

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