わたしのなかのモンスター 〜大人になるとわかること〜

みなさま、新年は、いかがおすごしでしたでしょうか?

わたしがちいさいころ、家族の新年の行事がありました。
家族で朝、銭湯にいくことです。
ふだん銭湯は夜しかあいていませんでしたが、お正月は特別に朝から営業していたのでした。

明るいひかりのなかで大きなお風呂にはいると、とてもきもちがいいのでした。
銭湯には、うしろのかべに大きな富士山の絵が描いてありました。
朝は、その富士山の絵が、いつもより、出来が良く立派にみえたものです。

でも、わたしは、お正月のその行事が嫌でした。

わたしの家にはお風呂がなかったのです。
お正月といわず、いつも銭湯へかよっていました。
家族5人で2部屋しかない社宅に住んでいました。
両親とも働き者でしたが、貧乏でした。
わたしの正月の朝風呂は、銭湯へかよっていたころ、くるしくて、つらくて、みじめな貧乏な時代の象徴なのでした。
いい思い出ではありませんでした。

でも、いまは、お正月の朝風呂に、家族みんなで入れたらいいなぁって思えています。
なつかしく思えるのです。
心を癒すとおなじものごとでも感じ方がかわるのです。
どんなにむかしのできごとだとしても、です。

中学生のころ、わたしは自分の家が貧乏なこと、お風呂がないことが最大のコンプレックスでした。
中学のお友達で家にお風呂がないひとはわたしだけだったんじゃないかと思います。
恥ずかしくて、誰にもしられたくありませんでした。

夜に家族でつれだって洗面器にシャンプーや石鹸をいれて、銭湯にいくのが嫌でした。
学校のともだちにみられたらどうしよう、からかわれたらどうしよう、と思っていました。

とくにおそれていたのは不良に見られることでした。
見られたら学校でどんないじわるを言われるか、はずかしめをうけるかわかりませんでした。
わたしは不良が怖かったんです。
わたしが中学生のころには、いまでは漫画にしかでてこないような、不良の子たちがたくさんいました。

不良たちは、教室のカーテンに火をつけたり、消化器ををイタズラして廊下を真っ白にしたり、廊下をバイクで走ったり、ほかの中学に喧嘩にいって騒動をおこしたり、窓ガラスをこわしたり、そんなことを、毎日していました。
気の弱い子たちはいじめられたりしました。
不良たちは授業を妨害するので、わたしたちは勉強するのも大変なのでした。
まるでモンスターでした。

若いかたはびっくりされるかもしれませんね(笑)
でも、1980年代後半の公立の中学校は、どこもそんな感じだったのです。

家に帰っても、貧乏で、我慢ばかり。恥ずかしいことばかり。
学校でも不良のせいで、勉強もできない。なにより怖い。
わたしはそのころから、心のなかにひきこもるようになりました。
自分の心のなかだけが自分の居場所。
安心できる場所は自分の心のなかにしかなくなってしまったのです。

貧乏と、あの悪ガキどものせいで、つらくて、みじめな、暗黒の青春時代。
でも、もうむかしのはなし。
そう思っていました。

心理学を学びはじめたとき、怒りについて学ぶことがありました。
怒りには3つの形態があると教えてもらったのです。

1つ目は、怒鳴ったりするような、わかりやすい怒り。
2つ目は、ひきこもりの怒り。
3つ目は受動攻撃性の怒り(表面上はおこっていないようにふるまうが、じっさいは相手を困らせたりするような行動をとること)があると教わったのです。

わたしは、心のなかにひきこもっていた、中学時代を思いだしました。
わたしは、「え!!わたしは怒っていたの?」とびっくりしました。
そして、怒りがこみあげてきました。
「わたしは怒ってない!怒って人に迷惑かけてたのはあの不良たちだよ!わたしは迷惑かけられたんだよ!」って思ったんです。

でも、わたしは大人になったのです。
心理学を学んで、心を癒そうと決めたのです。
勇気をだして、むかしのわたしの心のなかをさぐってみることにしたのです。

貧乏だから。
小さいころから、おねえちゃんなのもあって、我慢ばかり!
ひとりになりたくてもなれない!
落ち着いて勉強もできない!
不良にいじめられるんじゃないかとビクビクしなきゃいけないのも、貧乏だからだ!
面倒みれないのに、3人もどうして産んだの!
こんなにみじめな思いをするなら、産んでほしくなかったよ!

全部親のせいだ!と怒り狂っていた、おさないじぶんを、心のそこにみつけました。

大人になって、こどもに十分に与えてあげられない親の悔しさ、いまはよくわかるのです。
そのころのわたしは、なんて、わがままで乱暴で自分勝手なのでしょう。
まるで、凶暴なモンスターです。

‥ここでふと思うのです。
わたしは、あの不良の子たちとどうちがうの?おなじじゃない。と。
かれらはモンスターをそのままそとに表現しただけ。
わたしは心のなかに同じモンスターを飼っていたのです。

そういえば、学年1番の不良だったKくん。
小学校のとき、わたしのうちにきて、みんなでよくあそんだものです。
からだはおおきいけれど、やさしい子でした。
遊んでいたとき、Kくんがけがをしてしまったことがありました。
母が手当をしてあげました。
Kくんは学年1番の不良になっても、わたしの母にあうと必ず挨拶していました。

Kくんは中学の時ご両親が離婚してしまったとききました。
それが原因なのか、やさしいKくんは不良になりました。
その当時、ご両親が離婚しているおうちはほとんどありませんでした。

物を壊したり、人を殴ったり、いじめたりはいけないことです。
絶対してはいけません。
‥でも、しあわせならそんなことはしないものです。
いくらこどもでも。
ほかの不良の子たちにもなにか理由があったのかもしれません。
Kくんのように。

大人になったわたしが、そのときのわたし、不良の子たち、を大人のめでみてみると。

おなじように、大人になるとちゅうで。
まだ、大人になりきれない自分では手に負えないことで、なやんだり、くるしんだり。
なにもできない自分を責めたりしていたんじゃないかと思うのです。
一生懸命なにか伝えようとするけれど、うまく伝えられなくて。
不器用に、怒るしかできなかったんじゃないかと思うのです。

心理学を学んでみて、その子たちが何を伝えたかったのか、わかります。
それは、「たすけて」「あいして」「わかって」そんな気持ちだったんだろうと、思うんです。
大人になって、やっと。その子たちをわかってあげられた、そんなふうに思えたのです。

家族で銭湯にいくところをみられるのが恥ずかしくて仕方ありませんでした。
でも、誰からも意地悪をいわれたことはありませんでした。
いま思えば、不良の子たちも自分のことが大変で、わたしのことは気にしている暇もなかったのかもしれません。
おさないわたしは自分のくるしみしかみえていなかったのです。

もし、わたしが家族でつれだって、銭湯へいくところをKくんが見ていたとしても。
Kくんには、家族一緒で、なかよしで、うらやましい、ってまぶしく見えたかもしれないなぁって、大人のわたしには思えるのです。

いまもまだ。
お正月の銭湯は、朝あいているのでしょうか?
また、家族みんなでいけたらいいなって思うんです。
「むかしはみんなでがんばったねぇ」って笑いながら、ゆっくり大きなお風呂につかれたらいいなぁと思うのです。

この記事を書いたカウンセラー

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自身が繊細さゆえの生きづらさに悩んだ経験から、繊細な方が、自分を愛し、自分を自由に表現できるようになるためのサポートを提供。パワハラの克服、がんの闘病の経験がある。深刻な状況でもユーモアを忘れず、高い共感力と繊細な感覚を使い、お客様によりそうカウンセリングを得意とする。