確かに「その目」はあった

「誰か一人でもいいから見ていてくれる人がいれば、人は生きていける。」という言葉を聞いたことがあります。
でも、時に人は「その目」に気づかないことがあります。

***

私が小学生の頃、父が多額の借金をしたせいで、母は少しでもお金になる仕事をしようと住み込みで働きにでることにしました。
父は家にいたのですが、朝は私たち(姉と私)が学校に出かけてから起き、私たちが寝てから帰ってくる人だったので、ほとんど顔を合わすこともなく、私は姉と二人暮らしのような生活をしていました。

日頃から世間体を気にしていた母は、家の状況を恥に思い、私に、家のことを誰にも話してはいけないし知られてもいけないと言い残し、働きに出ていきました。

「話しても知られてもいけない。」
私はその言葉を忠実に守りました。

学校では、提出をしないといけない書類があります。
その時は、母の字をまねて自分でサインをして提出していましたし、当時、家庭訪問があったのですが、親がいないのをなんとかごまかしながら私が対応していました。
中学から高校を卒業するまでの6年間、お弁当も自分で作って持っていきました。
もちろん普段の食事や洗濯なども全部自分でやっていました。

そんな生活をしていることに気づく大人は一人もいませんでした。

その頃の私は、「知られてはいけない」一心だったので、とても真面目に生活を送っていました。
だって、変なことをしたら先生から親に連絡がいくでしょ?
そんなことになったら親がいないことがバレてしまいますから。
だから、バレないようにいい子でいたし、心配事もなにもないような平気なフリをして生活をしていました。

でもね、そんなはずはないんですよ。
今思えば、本当は心細かったはずだし、誰かに話を聞いて欲しかったはずだし、こういう状況でがんばっていることを認めて欲しかったと思うんです。
でも、そんなことを思っても仕方がないから、そんな気持ちは封印して自分でもないものにしていたのだと思います。
そして、そのことに全然気づきもしない大人たちに失望していたのだと思います。

***

少し前のことですが、高校時代に部活が一緒だった友人からラインが来ました。
「〇〇先生(部活の顧問)がうちの店に来たよ〜。みんな元気か?って〜」
そして、少しやり取りした後に、
「あいみ、先生ね、みんな元気か?って言った後、改めて、平島は元気にしてるのか?って聞いてきたよ。なんか、このこと伝えなきゃいけない気がしたからラインしたの。」って。

その時、自分のことを気にかけてくれていた大人がいたんだということに気がつきました。
もう、20年以上も会っていないのに気にかけてくれているのだもの、当時、どれだけ心配してくれていたのかと思います。
たとえ、私がどんな生活を送っていたかを知らなかったとしても、私が何かおかしいと思ってくれていた大人は確かにいたのだと思いました。

先生が友人のお店に行かなかったら、先生がお店に行ったとしても友人が出勤していなかったら、友人が出勤していても先生と話すことがなかったら、そして、友人が私に伝えなければと思って伝えてくれなかったら、私はそのことを知ることはありませんでした。

心理学を学んでいくうちに、「その目」の存在を知り、初めは自分に向けられていた「その目」なんてないと思っていたのが、もしかしたらあったのかもしれないと思えるようになったから、この出来事が起きたのだと思います。

それからは、いろんな人が私を思って言ってくれた言葉をいくつも思い出しました。

***

「見ていてくれる人」とは、気にかけてくれる人、理解してくれる人、応援してくれる人、信じてくれる人・・・なのだと思います。

「私には、私のことなんて見てくれている人なんていない。」って思われる方もいるかもしれません。
でも、「その目」を探してみませんか?
お父さん・お母さんかもしれないし、おじいちゃん・おばあちゃんかもしれない。
親戚のおじちゃん・おばちゃん、近所の人、学校や塾の先生、会社の上司・・・。

もしかしたらあるのかも、もしかしたらあったのかもと思えた時、「その目」に気づくことができるのだと思います。
私がそうだったように。

あなたを大切に思っている人は絶対にいるのですから。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

平島愛深

自己肯定・自己実現、対人関係(家族、子育て、職場)、離婚問題を得意とする。 離婚を経験する中、病気(リウマチ)を克服し、2人の娘(下の子は発達障害)を育てあげる。 「誰にも話せなかったことが何故だか自然と話すことができた」「どんなことでも受け止めてくれる」と圧倒的受容感に定評がある。