「喪失」の乗り越え方(3)~それは悲しみ?それとも怒り?~

怒りや悲しみを感じることのできるハートは、人生の喜びも謳歌できるハート

大切な人を失うと、私たちは激しい怒りを感じます。離れた相手や、助けてくれなかった天に対して憤り、自分への自己攻撃が止みません。喪失を、ただ悲しみとして悲しむには、思いの外ハートの強さが必要です。

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「喪失」は、どのようなものであっても辛いものですが、それが突然であればあるほど、心の準備が間に合わず、なかなか事実を受け入れにくいです。災害や不慮の事故などで、突然に最愛の人を失ったとしても、悪い夢を見ているのではないかとしか思えない、今にもその人が扉を開けて部屋に入ってくるのではないかと思ってしまう、と言います。

そうした否認がとけて、その人が「いない」日常生活がいよいよ現実になる頃、身体のだるさややる気のなさ、無気力状態を経て、ようやく心は癒やしに向かいます。

 

「面倒くさい」「やる気がない」は「怒り」かもしれない

「喪失」を知った当初に感じる「悲しみ」は、引き裂かれた「痛み」に対する悲鳴のように私には感じられます。その後、「喪失」体験と腰を据えて向き合うのは、お客さまが、「(人生が)面倒くさい」、「何に対してもやる気がないんです」とおっしゃるようになってから、ということが多いです。

この「面倒くさい」とか「やる気が出ない」という疲労感や無気力な状態は、人生全般に対してどこか投げやりなところが滲みます。自分よりも力があるものに対する、どうにもならない苛立ちを、サボタージュという形で表現しているのではないでしょうか。

大切な人やものを失うという事態に、為す術もない。自分からそれを奪う、目に見えない大きな力の前に、ただ屈服するしかない、無力感や惨めさ、憤りは、その「喪失」が天災によるものなど、誰のせいでもないときはなおさら大きなものになります。

「面倒くさい」は、「怒っても仕方がない」と押さえ込んではいるものの、「理不尽だ!」と、親や、上司や、天や神様といった、自分よりも力があるものに裏切られたように感じている激しい憤りが隠れているものです。

さらに、自分の感情を感じていくと、その「怒り」の矛先は、離れていった「相手」、そして、「自分」に向かいます。「どうしてこうなっちゃったのか?」、「どうして助けられなかったのか?」、そして「どうしてもっと愛せなかったのか?」が、そんな時、自分を責める常套句になります。

悲しんでいるというより、自分より力があって助けてくれても良さそうな存在に対する怒り、離れていった相手へのがっかり、そして不甲斐ない自分であることの罪悪感からくる自罰的な怒りなど、他人(や天)か自分を代わる代わる攻撃する気持ちが続きます。「面倒くさい」の奥に、大きな罪悪感と怒りの層が隠れていて、この「怒り」が、自分の人生をうっちゃりたくなっているのです。

もし、あなたが自己破壊的になるパターンがあるとしたら、こんな、昔の「喪失」の痛みが癒えておらず、抗いがたい衝動に襲われるのかもしれません。

 

「悲しみ」の海を泳ぐ

大切な人を失った時、私たちの心は、(1)びっくりする、(2)否認する、(3)怒る(離れた相手、自分より力の強い大いなるもの/天、自分)、という順番で、感情を感じやすいです。

「どうしていなくなっちゃったの?」という、離れていった相手への憤りや「どうしてもっと愛せなかったのか?」という罪悪感の下に、愛する人やものを失ってしまったことで、ただ、ただ悲しい、という深い「悲しみ」の海が横たわっています。

大切な人を失うのは、それがどんな事情であれ、「悲しい」のですが、私たちの心は、この「悲しみ」をそのまま感じてしまったら、もう生きていけないのではないかと思い、悲しむ代わりに、怒り、他人や自分を責めたり、傷ついていないかのように感情を否認したりします。怒りも罪悪感も嫌な感情ですが、この大元の深い悲しみよりはマシだと思っているようです。

大元の感情は、ただ、ただ「悲しい」、それだけ。それだけですが、それを感じるのがとても難しいのです。「悲しみ」をただ「悲しみ」として感じられるようになるには、強いハートが必要で、そのために心の成熟を待つことも大事になります。

 

幸せになるためにハートを取り戻す

ある恋愛小説家が、自分の恋愛についてインタビューに答えて、「失恋をすると、半年、毎日、時間があれば泣いています。泣いて、泣いて、泣いて、でも、半年くらいそうしていると、心がまた元気になってきて、誰かを好きになりたいと思うようになるんです」とおっしゃっていました。

この人は、ロマンスの達人だわ、と思ったものです。心を鎧で守ることなく、むき出しのままで生きていらっしゃる。失恋をすれば、傷つきますが、ハートブレイクを悲しむ力があるので、半年ほどで回復できるという、まるで幼子のようなタフなハートの持ち主だから、恋愛をこれだけ楽しむことができるのでしょう。

大人になると、つい傷つくのが怖くなって、人を好きになるのにあれこれ条件をつけてしまいます。失恋を怖がるあまり、好きな人に近づけなかったり、相手の気持ちを試しては、せっかくのチャンスを壊してしまったり、やっと気持ちが通じ始めたところで怖くなって逃げてしまうこともあります。

失恋をすると、「面倒くさいから、もう二度と恋はいいわ」と嘯きたくなるかもしれませんが、そんな時こそ、「人生、涙が枯れ果てるくらい悲しみ尽くすことのできる人が、幸せを貪るように味わい尽くすことができる」ということを思い出していただけたらと思います。

怒りや悲しみを感じることのできるハートは、人生の喜びも謳歌できるハートです。ハートフルに生きることに意欲を持っていただけたら、生き生きとした魅力的な人がもっと増えそうです。

>>>『「喪失」の乗り越え方(4)~愛を受け取る力があなたを強くする~』へ続く

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。