私、がんばってたんだ

十数年前、私は二人の娘を連れて離婚をしました。
母に協力をしてもらっていたので、決して一人で子育てをしたわけではありません。
でも、リウマチという病気を抱えながら、発達障害の娘を育てていくのはとても大変なことでした。
仕事をしながら、自分の病気の検査・治療、娘の障害の検査・療育、役所の手続き、保育園や学校との交渉等々。
生活するだけでも大変なのに、やることが多すぎて悩んでいる暇もないくらいでした。

娘が小学校に上がり、子ども達が通う小学校では、4〜6年生は冬になるとスキー遠足というのがありました。
親がスキー好きなら毎年何回もスキーに行き上手に滑られるのでスキー遠足も楽しむことができると思います。
でも、我が家はほとんどスキーには行ったことがありませんでした。
4〜6年生の3回もあるのなら、レンタルより買った方がいいかと思い、スキー道具一式買い揃え、遠足で少しでも先生の手を煩わせないようにと、スキー遠足の日まで何回もスキー場に子どもを連れて通いました。

上の子は、運動神経もよく何も心配はいらないのですが、問題は下の子です。スポーツも覚えるのも苦手だったので、何をやらせても人の100倍の努力が必要な子でした。
今回のスキーも同じで、スキー靴の履き方、歩き方、スキー板の脱着、何もかも一度では覚えられないし上手にできないので、何度も何度も教えては練習あるのみでした。

それでも何とかリフトに乗れるようにまでなり、滑るのも初めは私が娘の後ろにつき支えながら練習をしました。
ボーゲンの形だけ覚えたら、次は一人で滑る練習へ。
滑りだしても直ぐにお尻をついちゃうんです。
そりゃそうですよね、怖いですもの。
お尻をつくのはいいんです。
でも、一人で立ち上がれなのが、なぜか私は凄く腹が立ち、
「早く立ちなさい!なんで立てないのよ!!」と怒鳴り散らしてしまいました。
あまりに酷かったのでしょう、リフトから見ていた人が何か叫んでいましたが冷静にもなれず、恥ずかしいやら、情けないやら、悲しいやら、悔しいやらで、その日は泣きながら帰りました。

ずっとずっと、その時のことが頭にありました。
『娘に申し訳ないことをした。』って。
出来ないから練習しているのに、なんであんなに怒ってしまっただろうって。
後悔の後は言い訳がいっぱい出てきました。
『私だって頑張ってるもん』
『一人で頑張ってるもん』
『誰も分かってくれないじゃん』
『誰も助けてくれないじゃん』

でも、その時ふと思ったんです。
『私、余裕がなくなって娘に当たっているだけなんだ』『娘は何も悪くない』って。
それから、娘へのハチャメチャなコミュニケーションが始まりました。

生活は変わらないわけですから、余裕がなくなっていっぱいいっぱいになるのは変わりません。
そして、娘に当たってしまうのも変わりません。
でも、その時に私がしたことは、当たり散らして泣いてしまった娘に、
「お母さんが怒っているのは、お母さんがイライラしているだけで、あなたは何も悪くないの!お母さんも人間だから、余裕がなくなって当たることもあるの!落ち着くのには時間がかかるから、もう少し待って。お詫びに今晩御馳走するから何食べたい?」と、怒りながらだけど娘に伝えたんです。
そしたら娘は泣きながら、
「焼肉」とポツリ一言。
私の機嫌が戻ると焼肉屋さんに行き、
「さっきは、ごめん。」と謝るということを何度か繰り返し、そのうちだんだんと怒ることもなくなっていきました。

娘に、『あなたのせいじゃないんだよ』『あなたは悪くない』ってことを伝えたくて言った言葉だったのですが、これって、いっぱいいっぱいで余裕がなくなっている自分自身を受け止めてあげることにもなったのだと思います。

みなさんも、がんばっているにも関わらず、ちょっとしたことで怒ってしまう自分を責めてしまって、自分を認めてあげられてないことってあると思うんです。
そんな時でも、『それでも、あなたは十分がんばっている。』と声をかけてあげて欲しいと思います。

それから、どんなに酷い伝え方だったとしても、本当の気持ちを伝えたいと思ってコミュニケーションすれば伝わるんだなって思いました。
ハチャメチャなお母さんに付き合ってくれている娘に感謝です。
ありがとう。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

平島愛深

自己肯定・自己実現、対人関係(家族、子育て、職場)、離婚問題を得意とする。 離婚を経験する中、病気(リウマチ)を克服し、2人の娘(下の子は発達障害)を育てあげる。 「誰にも話せなかったことが何故だか自然と話すことができた」「どんなことでも受け止めてくれる」と圧倒的受容感に定評がある。