●サボテン

私は子供の頃、おなかを壊しては、
「ごめんなさい、もう弟をいじめません。それから、わがままを言いません。それから、給食に出てくる線キャベツも食べるようにします。
それから、それから、えっとそれから・・・」
と、よくトイレでう〜〜っとうなりながら、懺悔をしていました。
そうです、”バチが当った”と思い込んでいたんです。
今でこそ、笑い話ですが当時は死に物狂いで、神様に「だから、どうかお腹痛いの治してください!」って、
お願いをしていました。
ところが、やっぱりゲンキンなもので、お腹が痛くなくなると、そんなことすっかり忘れて、
またおなかが痛くなると、「ああ〜、約束やぶってこめんなさ〜い!」ってな感じでした。
”お腹が痛くなる→バチが当ったんだから、謝る→治る”という図式は、
こうして、無意識のうちに繰り返すはめになっていたことに、
つい最近ひしひしと感じる自分に気付きました。
「お腹が痛くなる」というのは、なにか「問題が起きる」ということでもあります。
そして、「なんか悪いものでも食べたかしら?」に思いつくところがなければ、「あ、きっとあの時のあの行為が悪かったんだ」と思う事で、つじつまを合わせようとしてしまっていたんです。
それは、日常のあらゆる場面で、そしてとっても些細なことにも・・・
よくご相談くださる方の中にも、「きっと自分のこういうところがいけないんだと思うんです」と話してくださる方は、たくさんいらっしゃいます。
そして、その「いけない」ところを”治さない限り”、問題は解決しない、というところにスッポリはまってしまって、身動きがとれなくなってしまうんですね。
でも、大概は、その「いけない」ところをどうすることも出来ない状態になってしまって、どうすればいいのか、わからなくなります。
私の子供の頃でいうと、謝っても謝っても、お腹の痛いのが治らない、という状態です。
そうした場合、どうしていたのかというと、実は私はスッポリとふとんにくるまって、じ〜っと動かずに、まるで死んだように固まっていました。
すると、今度は、そのふとんのぬくもりから出る事に、不安を覚えます。
おかげで、どんな季節にも「冷やさない」ようにすることにかけては、ベテランになりました。

でも、そもそもの始まりは「問題が起こる」=「自分が悪いから」と、思ってしまうことにあるんですよね。
単純に考えれば、お腹が痛くなるのは、体調が崩れたり、消化不良になっていたからにすぎません。
そのことがわからなかったばっかりに、原因を自分に求めていたんです。
そして、それでも納得がいかないときには、まわりが悪いように感じてしまいます。
「お母さんが、もっとちゃんと私のことを見てくれていたら、こんなはめにならずに済んだのに!」という具合に。
大人になった今でも、よくこの罠にはまることがあります。
つい最近、夫婦喧嘩をしたときも、スッポリとはまってしまいました。
はじめは、自分が悪いと思い、そして相手も悪いと思う・・・そして、じ〜っとお互いの出方を見ながら、動かずにじっとしている・・・
でも、どうなったら一番いいのかというと、喧嘩をする前の、いやいやそれよりもっとパワーアップした、スーパー仲良しになることなのに、この罠の恐いところは、それを忘れてしまうことなんですね。
お腹が痛くなって、懺悔していたのも、要は治ればそれでよかったわけです。
そうすれば、また元気に遊びにいけるから。
でも、なまじっかふとんにくるまることを覚えると、まるでぬるま湯に浸かったように、そこから出る事を躊躇してしまいます。
そして、終わりのない夢の中で、その忘れてしまった本来の望みを垣間見ます。
でも、それは果敢ない夢で・・・
このことを心理学的には、罪悪感の罠だということをわかってはいるんですが、思いがけず我が家に長い年月いる”サボテン”に、改めて教えられました。
だんなの趣味で、我が家は植物がいっぱいでジャングル状態なんですね。
そして、なぜか最近、私の背丈ほどもある大きなサボテンがよく服にひっかかるんです。
生活動線から外しているのに、妙に気になりだしまして・・・
サボテンは、その生息地域からたくさんの水分を蓄えていますよね。乾いた土地の地中深く深くまで根を伸ばし、雨が降らなくても生きていけるように。
そして、その貴重な体内の水分を動物たちに食べられないように守るべく、たくさんのトゲトゲが生えています。
部屋の中という安全な場所では、無意味かもしれませんが、それは同時にサボテンの持つ個性でもあるわけです。
トゲのないサボテン、どこか違和感がありますよね。
そのサボテン、うまく育てるとどんどん大きくなって、枝打ちをして増やす事も出来るんです。
元気がなくなって、腐りかけていた子も今では元気に空を目指して、どんどん伸びています。
まるで我が子のように世話をしているだんなの夢は、その子たちをいつか大地に帰してやることだそうで。
「自分が悪い」という思いを使って、なんだか私は生きていくための”トゲ”を全部取り払い、”アロエ”にでもなろうとしていたような気がしてきて、もどかしくなってきたんですね。
そして、忘れていたとっても大切なことを、思い出したんです。
それは、「空を目指して生きていきたい」っていう気持ちでした。
トゲが生えていても、「一緒にいてくれるそんな大切な人と一緒に」です。
辛い過去といっしょに、そんな大切なことを忘れてしまうのは、とってももったいないこと。
みなさんも決して悪くはありません。その大切なことを思い出すことに意欲を持つ事ができれば。
”トゲ”ならぬ、あなただけが持つ個性をどうぞ「生かして」ください。

この記事を書いたカウンセラー

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