blessing in disguise ~変装した祝福~

英語の言い回しに blessing in disguise (ブレッシング・イン・ディスガイズ) というのがあるそうです。
直訳すると 
“変装して隠れている祝福” 
となるそうですが
「悪い事が起こった時、一見わからないけれど変装を解くと、祝福や恵み、幸せが現れる」 
という意味だそうです。
日本でも
・禍を転じて福と為す
・雨降って地固まる
・怪我の功名
などのことわざが近い意味で存在しますね。
生きていれば、なんらかの壁にぶつかることがあります。
失恋やいじめ、倒産、失業、病気や怪我、大切な人との死別、離婚、借金。
大きな、高く分厚い壁が目の前に立ちはだかり、途方に暮れる時があります。
前に立ちはだかっているだけでなく、四方を壁に囲まれてしまった様に感じる時もあるかもしれません。
「どうやって乗り越えればよいのだろう」
「どうやって抜け出せばよいのだろう」
このように考えられている間はまだ、良いかもしれません。
「死んでしまいたい」
「消えてしまいたい」
こんな風に考え出すと、辛くて苦しくて堪りません。
私の場合は、元夫との別れの辛さから抜け出すことにかなり時間も要したし、苦しみもがきました。
そして、その私の苦しみ以上に悲しみと絶望を感じていたのは子供たちではないかと最近、思います。
元夫との別れを決めた時、息子は中学2年生、娘は小学校3年生でした。
そのことを学校から帰って来た息子に告げると、「なんで?」と聞かれ、元夫の女性関係や、会社の負債のことや今までの経緯を説明すると何も言わずに2階の自室にこもってしまいました。
娘には、しばらく言えずにいました。
どこまでどう伝えてよいものか、考えあぐねていたのです。
ある夜、娘と一緒の布団に入り、眠る前
「トッピン(娘は父親のことをこう呼んでいました) とママ、離婚することになってん」
彼女は出来る限りの声で泣き叫びました。
「離婚したらいややぁ~~~」
今でも思い出すと、泣けてきます。
辛く悲しい思いをさせてしまったと思います。
それから、息子はほとんど自分から父親のことに触れる事はありませんでしたが、
娘は中学校から学校に行かない日が増えてゆき、なぜ学校に行かないのか?の問いに
「宿題をしていないから」
「頭が痛い」
「学校嫌い」
「先生ウザイ」
「おもしろくない」
「メンドクサイ」
「勉強嫌い」
色んな言い訳を並べ立てていましたが
いつからか
「うちにはお父さんが居てないから」
と言うようになりました。
娘は現在高1ですが、つい夏ころまで父親のことを
「彼氏みたい」
と言うほどに好きだったのです。
洋服を買ってもらったり、ドライブに連れて行ってもらったり、美味しいものを食べに連れて行ってもらったりと、デートの様に楽しんでいました。
元夫も、息子や娘のことは大事にしてくれていました。
娘が学校に行かない理由は、周りと比べて感じる劣等感やコンプレックスもあったと思います。
しかし、それだけではなく
「みんなにはお父さんが居てるのに、私には居てない」
と、感じる事が友達との会話の中であったのだろう、そしてそれを感じるたびに、強烈な寂しさを感じていたのだろうと思うのです。
元夫が、新たな家庭を築いているということを1年ほど前に聞きました。
私は、そうであっても不思議ではない、と思っていたのでさして驚かなかったのですが、子供達にいつ、どうやって伝えるか?については少々悩みました。
高校生になってから学校も 「メンドクサイ~」 と言いながらも休まなくなっていたし、せっかく落ち着いているのに、ショックを与えるのではないか?など、色々考えましたがキチンと元夫との口から伝えてもらうことにしました。
もちろん息子にも。
息子はいつもの様に反応が薄かったのですが娘は思いの外、半分血が繋がっている小さな兄弟がいることに喜んでいて、アレコレなやんだ私が拍子抜けするほどでした。
娘は元々小さな子供が好きですが、あまりのすんなり受け入れ態勢にビックリでした。
が、つい先日 「仕事でベトナムに行くから」 と父親に誘われ娘が連れて行ってもらったのですが、帰って来てから3日程 「頭痛い」 と塞ぎこみました。
久しぶりの、学校おサボりさんです。
いえ、私にはサボっているように見えたのです。
「頭痛い」と言いつつ、大声で歌を歌い食欲もあり、熱は無い。
サボりも3日目になると、私も黙って見てられず
「熱も無く、フツーに生活してるのに学校に行かないのなら二度と行かなくて結構です」と告げると
「もう自分がいややねん!!あのくそじじぃもいややねん!!」
と言うではないですか。
話しを聞くと、旅行先で父親から
・私のことなど、どうでもいいんだ
・私のことなんて大事じゃないんだ
と、感じさせられることがあったようです。
「う~~~ん、あんたのことがどうでもよくて大事じゃない訳ないと思うけどなぁ」
と言うと
「そんなことない!もう二度と関わりたくないわ、あんな奴!介護だって絶対せぇへんし小遣いだって一銭もあげへん!!」
と言うのでかなりウケましたが、3日も塞ぎこむほど、頭が痛くなるくらい、娘にとっては辛く悲しい事だったのです。
この世の終わりのような、絶望的な気持ちで過ごしていたようです。
誤解なのですが・・・・・。
【親の離婚】と言うことで、子供達には辛く寂しい思いをさせてしまった、と思います。
「私は孤独で愛されるべき人間ではない」という壁が、娘を取り囲んでいるのかもしれません。
ですが、これも “blessing in disguise” 
愛の深い優しい幸せな人になってくれると信じています。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

吉村 ひろえ

恋愛や夫婦、浮気、離婚などのパートナーシップから対人関係、子育て、また、死や自己受容のテーマなど幅広いジャンルを得意とする。 女性的で包容力があり、安心して頼れる姉貴的な存在。クライアントからは「話しをすると元気になる」「いつも安心させてくれる」などの絶大なる支持を得ている。