仮面ライダーウィザードに思う、絶望を希望に変えること

息子が、「仮面ライダーウィザード」にハマっているので、よく一緒に観ています。
今回の仮面ライダーは、魔法使いという設定。
その初回放送で、とても興味深いセリフがありました。
仮面ライダーに変身して、脅威の存在から人々を守る主人公と、登場人物の一人である女性刑事の会話です。
敵には、人の力では太刀打ちできない。魔法使いでなければ無理だ、と言う主人公に対し、女性刑事は、こう反論します。
「(警察なのに)人々の脅威に何もしないで絶望してろって言うの?」
「そりゃ、魔法使いはいいわよね。魔法で何でもできるから。絶望することもないんでしょ?」
それに対して、主人公はこう答えます。
「魔法があるから絶望しないんじゃない。絶望しなかったから、魔法を手に入れることができたんだ。」
そして、最後に主人公は、彼女にこういいます。
「俺があんたの希望になってやるよ」
絶望、と言えるほど、辛い事があった時、「もし何でも解決できるような魔法が使えたら」。
そう考えたことはありませんか?
私は幼い頃から、ずっとそう思っていました。
それは時には魔法だったり、超能力だったり、変身する力だったり。
圧倒的な何かの力さえあれば、今の苦しい状況を変えられるのに、と思い、
そうした力が欲しいと願い、だからこそ、テレビや漫画のヒーローに強い憧れを持っていました。
それは、大人になってからも、ずっと持ち続けていたと思います。
でも、それは物語の世界の力でしかありませんでした。
当然ながら、現実社会では、魔法のような力は存在していません。
欲しいと願いながらも、実は、絶対に手に入らないと諦めてもいたのですね。
でも、今は魔法は使えなくても、絶望を希望に変えていくことはできる。
私はそう思うようになりました。
そう思えるようになったのは、実際のカウンセリングの中で、辛い状況や困難を乗り越えたり、願いを叶えたりする方にたくさんお会いしてきたからです。
こうした方に共通しているものがあるとしたら、それは、絶望しなかったこと、つまり「あきらめなかった」ことではないかと思います。
「あきらめない」という言葉は、一般的には「目標達成のために、あきらめない」といった、努力せねば、がんばらねばならない、というイメージがあるように思います。
けれど、私が感じる「あきらめない」とは、そうした「がんばり」のこととは少し違います。
それは「私には幸せになる価値がある」という思いにたどり着くこと。
そして、「私が幸せになるってどういうことだろう?」と考え、「ドキドキワクワク」したり「楽しかったり、うれしかったり」する思い。
そうした思いを見つけることを「あきらめない」ことであると思っています。
例えば、離婚という問題が起こって、それを解決したくてカウンセリングを受けられた方がいたとします。
その原因は、パートナーが浮気をしていたり、相手が仕事にしか興味を持たずに家に帰ってこない状況だったりと、パートナーが問題を起こしている場合があります。
そうすると、当然ながら、相手が悪いから、相手に問題があるから、と思うものですよね。
せっかく幸せになりたかったのに、相手が悪いから私が幸せになれなくなった、と感じます。
事実、相手に原因があるのだから、私の不幸は相手のせいになってくるわけです。
この状態では、とても傷ついてしまっていますから、カウンセリングの中では、最初は、現状の整理や、これまでに蓄積された様々な問題を整理したり、傷ついてきた心を癒したりして、少しずつ進んでいくことになります。
ところが、こうしたケースでカウンセリングが進んでいくと、では、本当にこのパートナーでいいのだろうか?という問いにぶつかっていくことが少なくありません。
そして、この問いにぶつかると、その先にある「私はどうなったら幸せなんだろう」という問いに直面される方が多いようです。
すると、「私には幸せになる価値がない」という、意識の深いところにある思いにたどり着くことがあります。
自分が幸せになっていくことに、自分で許可ができないという、気持ちがあることに気がつくのです。
こうした思いは、幼い頃に親から愛されなかったりした場合にルーツがあったりすると言われます。
また、親との間にそうしたことがなかったとしても、
人は幸せを願いながらも、心の深いところでは、幸せになることを怖れている、と言われます。
こうしたいろいろな心の層にある「自分は幸せになる価値がない」「幸せになってはいけない」という意識が、本当の幸せを追求することを止めてしまっていることがあるようなんですね。
でも、答えはとてもシンプルなんです。
それは、「人は誰もが幸せになる価値がある」ということ。
それは私が心理学を学ぶ中で、そして、たくさんのクライアントさんとお話させていただくなかで実感したことでもあります。
こうした思いにたどり着くと、初めて「自分の幸せ」をまっすぐに考え、「幸せになりたい」と心から思えるようになってくることがあります。
それは、人生を揺るがす大きな問題、このケースでいえば離婚という問題、が起こってはじめて、「私の幸せを見つめる」という本質的な問いができるようになるとも言えるかもしれません。
パートナーシップという視点で私の幸せを考えた時、誰もがどんな人となら幸せになれるか、と考えます。
「この人を選んだ」だから「私は幸せ」
という図式です。
ところが、「私の幸せを見つめる」という視点を得た時、この図式が
「私の幸せ」そのために「この人を選ぶ」
に変わっていくことになっていくのです。
こうした心の視点が変わっていった時、初めて、私の幸せが「相手本位」から「自分本位」に変わります。
逆に言えば、「私の幸せ」を追求していかないと、「本当にこの人を選ぶ」という選択をすることが難しいとも言えるのではないでしょうか。
ここまで決意できたら、この人を選ばないと選択できたとしても、「私の幸せのために」と納得できたり、
あるいは、その時、本当にこの人を選ぶことができたら、この選択はまっすぐに自分の幸せとなり、この人でよかった、この人こそ私のパートナーだ、という思いを感じることができます。
そうなった時、問題だったパートナーも、同じように納得できるようになっているケースが多いんですね。
それは、2人で真摯に向き合うことなしには、ここまでの決意をすることができなかったから、ということが起こっているようなのです。
こうなった時、当初のカウンセリングの目的が、「相手との結婚問題」から、「私の幸せを得る」ためのものに変わっていった、とも言えるのではないかと思います。
現実を考えた時、絶望の中にいる時、「魔法を手に入れ」その力で「絶望を脱する」ことはありません。
ですから、冒頭の仮面ライダーの主人公のセリフのように、「魔法を手に入れたから、絶望しない」ことは起こりえないでしょう。
でも、「絶望しなかったから魔法を手に入れる」ことは、可能かもしれません。
魔法を使って状況が変わる。それは言い換えれば「奇跡が起こる」と言えるかもしれません。
絶望しなかった時、奇跡が起こる。
先に例を出したご夫婦のようなケースに、私はカウンセリングの中で何度も出会ってきました。
それは、夫婦問題だったり、天職といった仕事だったり、家族との絆だったり。
いろいろなケースがありましたが、どれも、当初の状態からしたら考えられないような幸せだったり、楽な気持ちだったり、楽しいうれしいを感じられることだったり、です。
苦しかった分、それは「奇跡が起こった」と言えるほどの変化です。
そう思うと、このセリフは、私の胸に響くものだったのです。
私は、仮面ライダーの主人公が最後に「希望」を語ったようには、とても言えません。
でも、「あなたの希望のお手伝いがしたい」。そう言いたいと思っています。
これからも、ずっとこの思いを大切にしていきたいと思っています。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

池尾 昌紀

名古屋を軸に東京・大阪・福岡でカウンセリング・講座講師を担当。男女関係の修復を中心に、仕事、自己価値UP等幅広いジャンルを扱う。 「親しみやすさ・安心感」と「心理分析の鋭さ・問題解決の提案力」を兼ね備えると評され、年間300件以上、10年以上で5千件超のカウンセリング実績持つ実践派。

1件のコメント

  1. アバター

    とても素晴らしい記事でした。
    自分は今彼女のことで悩んでます。
    恥ずかしながら仮面ライダーは自分の中で本当に勇気と希望をくれる大切な存在です。
    中でもウィザードのくれるメッセージはとても心に響き、今の自分の活力でもあります。
    でもやはり自分に自信がなくなる時、自分の覚悟が揺らいでしまう時が多々あります。
    そんな今、この記事を読んでこれでいいんだと思いました。
    また直ぐに落ち込んだり不安になったりするかもしれませんがあきらめず前に進んでいこうと思いました。
    結果がどうであれ、自分で決めた道ですから。後悔はしません。
    すいません。過去の記事ですがあまりに感動したものでコメントさせていただきました。