信じることをあきらめない。

こんにちは。宮古島から五十嵐かおるです。
みなさん、ご存知でしょうか。
朝の連続テレビ小説「純と愛」
ドラマの舞台が大阪とここ宮古島なんです。
真っ直ぐな心を持った女性「純」と、ちょっと不思議な力を持った男の子「愛(いとし)」がたくさんの人たちと出会い波乱万丈の出来事を通して成長していくというストーリー。
「愛」の望まないのに人の本性が見えてしまうという力は、ここをご覧の皆さんなら興味を持つ方も多いかもしれませんね。
もちろん宮古島も島をあげて応援しています。
小さな島なので、何か大きなことがあると話題が集まるのも早い。
ドラマのポスターがスーパーや土産物店、飲食店までいたるところにA1サイズで貼ってあるし、「純」の出身である宮古島の回想シーンには、島の現役高校生がしっかり出演しています。
お土産にも「純と愛」のロゴ入グッズが登場しました。
テレビの効果は絶大です。
もちろん私も見ています。
ここに遊びに来た友達は「懐かしい」と、来たことのない友達は「こんなところなんだね」とイメージしてくれるそう。実家の家族は「宮古島の景色を見る」⇒「かおるを見る」ような感覚になっているらしく、欠かさず見てくれているとのこと。旅行で来てくれたことがあるので「あのシーンは一緒に行ったところだよね」とよく連絡をしてきてくれます。
気づけば私のも宣伝効果というか充分に恩恵を受けているみたいです。
ドラマにちなんだイベントもいくつか開催されていて、先日は出演者の「トークショー」があったのでさっそく行ってみました。
主演の2人と、純の両親役の森下愛子さんと武田鉄也さん、音楽監修の荻野清子さんという豪華ゲスト。チケットはあっという間に完売・・・と思いきや前日でもしっかり購入できました。
島のこういうところが好きなんですけどね。
さすがに出演者4人がずらっと舞台に並ぶとちょっとした迫力。
ドラマのイメージとは違って、みんな笑顔でキレイだしカッコいい。
なんかわからないけど「すごーーい」テンションも上がる。
話題は脚本家が「家政婦のミタ」も手がけた遊川和彦さんだけあって、連ドラらしい純粋なヒューマンドラマではないこと、ドロドロした汚い部分もありきの人間模様を包み隠さず描こうとしていること。
ピアノソロで聞こえてくる音楽は宮古島の「なりやまあやぐ」という民謡をモチーフにつくられているとか。
そんな裏話を聞くと、さらにドラマにも親近感が湧いてきます。
中でも印象に残ったのは「このドラマで伝えたいこと」
純粋で無鉄砲、ちょっと空気が読めないこところもある「純」と、多くの才能を持ちながら望まない力のせいで人と目を合わせることが苦痛になってしまった「愛」が結婚して一緒に人生を歩みながらお互いの家族や友達、職場の人たちなど多くの「人」と関わってもまれながらも成長していく。
まだ若い2人が叱られたり励まされたり、教えてもらったりしながら大きくなっていくこと。
「純」のいいところは、その真っ直ぐな心で不器用ながらも「それぞれの人のいいところ」を見つけて吸収して進んで行こうとする姿勢。
人間は他人と関わりながら傷ついたり思い通りにならないことがあると、心を閉ざしてしまったり、諦めて関わりから逃げようとしがちです。
そのほうがもう2度と同じ痛みを味わうことはしなくていいから簡単かもしれません。私もそうすることを選んだことがあります。
わかってもらえない、受け入れてもらえないなら最初から望まなければいいこと。
ただ、そうしていたら感情は成長を止めてしまいます。
真っ直ぐなむき出しの心では、人の言葉や行動で傷つくことはダメージが大きい。
でもそこで「純」は「あきらめない」のです。
どうにかしてこの人を笑顔にしよう、裏切られても何度でも相手を信じようとする。そこで達成感やつながり、感動を感じることが成長につながっていくのでしょう。
初めからうまくいっているにこしたことはありませんが、喧嘩や衝突を乗り越えて繋がれた人間関係は深みも増します。
何かあってもまたやりなおせる、つながれるという信頼と自信になってくれます。
「あきらめない」とは簡単に言っても、わかっていてもうまくできない。
だからこそ「純」が教えてくれることは大きいのかもしれません。
あなたの周りに「純」みたいな人はいませんか。
そんな真っ直ぐさから学べることをぜひ見つけてみてくださいね。
五十嵐かおるのプロフィールへ>>>

この記事を書いたカウンセラー

About Author

退会しました。