●今は二人の姉のための

このコラムはみなさんが読んでくださるものですが、今回は特に、多分これを読んでくれている、
僕の良き友人であり、人生の先輩であり、そして大切な家族である二人の姉たちが読むことを意識
して書いてみようと思います。
先日、父と飲みに行きました。
冒頭から、二人の姉たちは少し驚いたかもしれません。僕達が子供の頃、酒を飲んだ父はさんざん
家族に迷惑をかけたし、その結果体を壊して今は酒をほとんど飲んでいないから。
まぁ、父は飲み屋でお酒は飲まず、僕が一人で飲んでいたのですが(笑)。
「親父みたいな酒飲みに、ならぬつもりがなっていた」って演歌がありましたが、あの歌は真実を
ついていますね・・・(ノД`)
父の前で自分だけがお酒を飲んでいるという状況は不思議な感じがしました。
僕が子供の頃、それこそ年齢が一桁の頃、父はよく僕を連れてスナックやらラウンジやらへ行って
いたんです。
5〜6歳の頃、そういう場所は恐怖の対象でしかなくて、僕は酒を飲んでいる父の前で常に涙ぐんで
いましたね。
でもそれ以降は慣れたもので、スナックでスペアリブを食べたり、ラウンジでよくアーモンドを
食べていたことを覚えています。
父は家で感情を抑えられなくなった時、僕を連れてよくそういう所へ行っていました。
今から思うと、やりきれない時に飲みに誘える友達がいなかったのかもしれませんね。
・・・う〜ん、というより、自分が感じているものをもて余していたのかもしれません。
伝える言葉を持ち合わせてなかったのでしょう。
今は冷静にかつてを振り返っていますが、しばらく前までは父に対して感情的なしこりがやっぱり
残っていたと思います。
僕が大人になったあと、どことなく父が僕と飲みに行きたそうにしている
空気を感じたこともあったけど、僕はそれに気づかぬフリをしていました。
息子と飲み屋で語り合う
という父親としての喜びを与えることに抵抗があったからです(苦笑)。そして父も、過去の自分に
対しての申し訳なさから、それ以上は突っ込んではきませんでした。
今回、なんで飲みに行けたのでしょう・・・?正直言ってよくわからないんです。
なんか・・・、なんとなく。
父は子供のように無邪気に喜んでいました。
そういう素直さをとてもうらやましく思います。
飲み屋に行ってからの父も本当に不器用で、店員さんとまともな会話になっていませんでした。
でも、一生懸命に僕をもてなそうとしてくれている父はあまりに真っ直ぐだったから、僕はたまに
「店員さんはこう言いたいんじゃない?」と軽くフォローするに留めました。
父親としての面子を
潰させたくなかったから。でも店員さんは大変だったことでしょう(笑)。
こういう不器用な父が現れる時、苛立っている母をよく見かけます。
その気持ちはよくわかる。
でも僕は、苛立っている母に対してイライラすることのほうが多かったりするのです。
父は生まれてすぐに父(僕にとっての祖父)を亡くしています。
だから、手本にする父親像を持たず
に家庭を持ったので、父としてどう振舞ったら良いのかわからないのでしょうね。
そしてそれは僕にもあてはまります。
飲んで暴れていた父はとてもじゃないけれど理想の父親像にはあてはまりませんでした。
だから、
男の大人の模範を持たなかった僕も、社交の場でどう振舞ったら良いのかわからないという気持ちは
よくわかるのです。
でもそんなことは言い訳にもならない。社会との関わりや現実は、全ての人に対して平等に与えられ
ます。
誰かしら何かを抱えているものだし。わかっているからこそ頑張るけれど、時折どうしようも
ない気持ちになってゆく・・・。
これは父に、そして僕にもあるモノです。
そして多分、僕は会ったことのない祖父にもあったものだ
と思います。
祖母が生前、「おじいちゃんは変わり者だった」と言っていたらしいから。
それを呪いのように感じていた時期もありました。
「生まれのせいかよ、おい」って(笑)。
父はそういう状況の中、物事の答えを白か黒かで結論付ける人間になることで折り合いをつけたのだ
と思います。
正しいことか、間違っていることしか世の中にはない!という感じ。
そして、そういう父を持った僕はどうなるかと言うと・・・。
想像に難くないですね。はっはっは。
父が飲みに誘ったのは、僕が自分自身に情けなさを感じていた時だったからかもしれません。
別段何を聞くわけでもなく、飲み屋で父はただ喋りました。
「最近はな、人が何人かいる時、100点や90点の人たちばかりではダメだと思うようになった。
 20点や30点の人たちだって必要なんだよな・・・。」
僕にとってその一言は、アドバイスとか説得とかカウンセリングとか(笑)そんな生っちょろいもの
ではなく、大げさでもなく人生観が覆されるような言葉でした。
かつての父だったら、ダメなヤツは
ダメだ!と切り捨て追い込み、自分自身も追い込んでいただろうに・・・。
父は父なりに、白や黒ではなく、全員が納得のいく灰色の場所を探しているんだな、と思いました。
すると、成長していない自分がなんだかさらに情けなくなって目頭が熱くなってしまいました(笑)。
昔はよくポロポロと泣いていた涙も、最近は枯れていたというのに。
父はそんな僕を知ってか知らずか、巨人がボロ負けのナイターに目線をずらしてました。
ああ、なんかこの状況、子供の頃と変わってないなぁ・・・(-_-;)
父が変わろうとしているのに、僕が状況や環境を理由に変わることを拒むわけにはいきません。
変わるぞ!みたいなポジティブな感じではないけれど、静かな決意のようなものが、お腹の中に
できたような気がします。
昔の父は母にお小言を言われたりからかわれたりすると、ただじっと我慢しているように見えました。
父にはさんざん迷惑をかけたという負い目が母に対してありますからね。
でも最近は、ほーーーんのちょっとずつだけど、お互いの合意点を探そうとしている父がいるように
感じます、少なくとも僕には。それが微笑ましくもあるのです。
特に二人の姉たちへ・・・。
お互いが過ごした時間や環境は一緒でも、そこで感じてきた経験や歴史はもちろん違うでしょう。
だからどう思っているのかわからないけれど、僕はあのかつての日々を肯定したいと思います。
今さらそこをつつくのは辛いけれど、否定し続けたらもっと辛いから。
今は二人の姉のための、何かというものは与えられそうにないけれど、
幸せであるという喜びを得られるよう、祈るぐらいはできるかもしれません。
飲み屋を出る時ぼそっと父は言いました。
「俺を見てお前に結婚したくないと思われると困るから、少しずつ変えていかないとなぁ・・・。」
ううっ( ̄□ ̄*)!!
父よ、あなたはカウンセラー?
痛いところを・・・。
自分より他人を、そして家族を思いやること。かつての父には欠けていた部分です。
ほんの少しずつだけど、父の中でそれは育まれているのかもしれません。
だから今は二人の姉へ、僕が父から渡されたものを、文章を通して渡してみました(笑)。
高橋大

この記事を書いたカウンセラー

About Author

自己イメージの変革・男女関係・人生の目的 を探す、などの分野を得意とする。 心の力学をわかりやすく説明する理性的な側面と、多くの臨床経験を通して培った直感的な把握能力をもってするカウンセリングに定評がある。 長期的な支持を受けることも多く、長い目で見守るスタンスを重視している。