部下の期待を真正面から受け止める~「ランク」を引き受ける~

今回は、上司が、部下のやる気を出すためにホメたつもりが、うっかり傷つけてしまった失敗談です。

派遣社員のA子さんは、コンピュータスキルも高く、専門性のある仕事もできるスタッフとして広報室に配属されました。室長のBさんは、A子さんが専門的スキルだけでなく、よく気が利くことや、ミスを見逃さない手堅い仕事ぶりを頼もしく感じ、A子さんにたくさん仕事をまわすようになりました。A子さんに気持ちよく働いてもらいたいとの一心で、よく人前でもA子さんのことホメました。「いやぁ、彼女は僕の右腕でね」という具合に。A子さんは、意気に感じてますます頑張りました。100を期待されていると感じれば120の仕事をしようと、時には黙って家に持ち帰って仕事をすることもあったようです。Bさんの信頼を得て、A子さんは、次第に「おそらくBさんは、ゆくゆくは自分を正社員にしてくれるだろう」と期待するようになっていました。ところが、人事異動で、広報室には別の部署から正社員のC子さんが来ることになります。Bさんは、A子さんに回していた仕事の一部をC子さんに回し、A子さんにC子さんへの引き継ぎを頼むことになりますが、当然ながら、正社員への期待が胸の中に膨らんでしまっていたA子さんは納得がいきません。これまでの頑張りが裏切られたように感じたA子さんは、もともとアピールしてきた「専門性のある仕事」だけしかやらない、契約の仕事の範囲はそれだけだと主張する、いわゆる「使いづらい」スタッフにガラッと変わってしまいました。「だって、私、どうせ派遣だもの」というわけです。これを遠くから見ていた役員は、Bさんに、「態度の悪い派遣社員は、契約期間満了をもって更改しないように」と言い渡します。

さて、職場という世界でA子さんの振る舞いを大人気ないと見るのは簡単ですが、人は感情の動物ですから、組織のリーダーとしては人の感情とどう関わっていくかがどうしても問われます。この場合も、上司であるBさんが、A子さんの心の中で膨らんだBさんへの期待に気づかなかったために、有能だった人材をつぶしてしまった、とも考えられます。では、Bさんはどこで躓いているのでしょう?

具体的なことでいえば、「僕の右腕」はホメすぎでしょう、とか、派遣社員にまかせるべきでない仕事まで振っていたのではないか、とか、A子さんが持ち帰り仕事をしていたことに気づかなかったのか、という指摘になるのでしょうが、心理学的に言えば、一番の問題は、Bさんの、自分自身の力(パワー、権威、権力、ランク)に対する自己認識よりも、A子さんのBさんの力への期待値の方が断然高い、ということにBさんが無自覚だった、ということになります。

心理学に「ランク(階級)」という概念があります。
ある「物差し」を使って測ったときのその人の「パワーの強さ、弱さ」を指します。
このパワーを測る物差しは多種多様で、組織における地位、貧富の差や人種、宗教の違いなどから生じる社会的ランク、身体的に屈強であるか病気がちであるかといった身体的ランク、心理的に優位にあるかないかで測る心理的ランクなども考えられます。そして、どの物差しで測るかによって、強者と弱者が常に入れ換わる可能性があります。

大事なのは、「ランク」の低い人ほど目に見えない「パワー」を測る「物差し」の存在に気づきやすく、「ランク」の高い人ほど自分のもっている「パワー」を自覚しづらい、ということです。つまり、ある「物差し」で測ったときの弱者は、「パワーがない」ことで不便・不愉快を感じるので、その「物差し」の存在に敏感になりますが、「パワーがある」ものは、往々にしてそれが「当たり前だ」と感じてしまい、自分の持つ力に「無自覚」です。でも、やっかいなことに、この「無自覚」に発揮された「パワー」にこそ、人は傷つきます。

上のケースで言えば、Bさんが、仮に、「自分は所詮中間管理職で、上役が決めた人事の中で仕事を回すしかないんだ」という「パワーのない」「(社長や役員に比べて)ランクの低い」自分を「自分」として認識していると、派遣社員の目に、広報室長であるBさんがどれほどパワフルでランクが高く見えているか、ということに気づきにくいのです。だからこそ、うっかりと「僕の右腕」なんて言ってしまうのです。Bさんにとっては与えられた「広報室」という世界で、自分ができることとしてホメたつもりが、A子さんにすれば会社組織というピラミッドの上の方の「ランク」の人が末端の自分を引き上げてくれた、と感じます。そこで「期待」が出てくるのですが、Bさんは自分がA子さんにそんな期待を抱かせるような「パワー」を持っていることに「無自覚」です。

「ホメてはいけない」、と言っているのではありません。自分の影響力を真に自覚していたら、A子さんの専門性にとどまらない仕事スキルを具体的にホメたとしても、彼女の現実的な立場への理解も促すような努力もできたでしょう。

リーダーは、宿命的に部下に過大評価され、その過大評価に見合った期待を投げかけられるものです。組織上の地位が高ければ、人格的にも優れているだろう、など、他の「物差し」でも「ランク」が高いことを期待されます。その「期待」を真正面から受け止めるためには、特に、「影響力」という「物差し」での自分の「ランク」の高さを引き受けることが大事なようです。海老蔵も朝青竜もこの「物差し」での「ランク」に自覚が足りなかったために本業で大きな痛手を負っています。人は自分が思う以上に自分を大きく見るもので、他人の自分への「期待」は、そのまま自分の「影響力」の大きさでもあります。

人が見ている「あなた」は、あなたが考えているほどちっぽけではないことが多いようです。

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