女性が、女性とは分かり合えないと思う心理〜女性らしさにイラっとする!

自分の中の女性らしさを嫌っていると、女性らしい人も苦手になるようです

同じ女性なのに分かり合えない、あるいは女性らしい人を見るとイライラするとしたら、同じ女性なのになぜ?と思ったり、分かり合えないことに寂しさを感じることもあるかもしれません。女性なんだけれど、女性とは分かり合えないと思う心理と、より生きやすくなるための方法をシャドウを癒やす観点から考えます。

◇女性が、女性とは分かり合えないと思う心理〜女性らしさにイラっとする!

女性とは分かり合えないと思う女性の中には、見た目はともかく内面が「自分としては女性らしくない」と感じていたり、「女性どうしの集まりに誘われると溶け込めない」あるいは「女性らしい人を見るとイライラする」などと感じていることがあるようです。

・群れて行動する必要性がわからない

女性といえば「トイレに行くのも誰かと一緒」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、女性とは分かり合えないと思う女性の中には、群れて行動する理由が分からない、自分のことも誘ってほしくない、と思うことがあるかもしれません。誰かと一緒に行動することが子どもっぽいとか、依存的と感じることもあるかもしれません。

・目的のないおしゃべりが苦手

ファッションやグルメ、恋愛話など、目的のないおしゃべりは着地点がわからないため苦手だと思うことがあるかもしれません。特に人のうわさ話や愚痴は、建設的でないので嫌いだと感じたりするかもしれません。

◇女性と分かり合えないと感じる女性によくある傾向

「女性と分かり合えないと感じる女性」は、自立的で論理的という傾向があるかもしれません。

・人に頼らない

誰にも頼ろうとせず、問題はひとりで解決しようとするかもしれません。
自分でなんとかするので、不満を口にするよりも解決方法を探ることに時間を割こうとするかもしれません。

・感情が苦手

感情が豊かであると言われることの多い女性ですが、女性とは分かり合えないと思う女性の中には、物事をできるだけ論理的に考えようとしたり、感情を表現することを良くないことと思ったり、感情そのものが苦手だと感じることがあるかもしれません。

・男性といるほうが楽

同じ女性ではなく、男性といるほうが気を遣わなくて楽だと感じることもあるようです。真偽のほどはともかく、男性のほうがサッパリしているし裏表がないからいい、などと思っていることもあるかもしれません。

◇女性が女性とは分かり合えないと感じるようになる原因

女性と分かり合えないと感じるようになる原因は人によってさまざまですが、自分が女性でなかったらよかったのに、などと自分の性を無意識にでも否定していることがあるかもしれません。

・男子が生まれることを望まれていた

家業を継ぐとか、お墓を守るなどの理由から、男の子が生まれることが望まれてきた家に女の子として生まれた場合、親などから直接そうと言われたわけでなくても、子どもは家族の空気を読み、女として生まれたことに申し訳なさ等を感じてしまうことがあるようです。

・男性が優遇される環境だった

お兄さんや弟は親に可愛がられたが、自分は女だったので可愛がられなかったと感じていた場合など、女性を良くないものと思っていることがあるかもしれません。あるいは優遇される男性よりも、もっと優秀になろう、男性を超えよう、などと努力をされたかもしれません。

◇女性とは分かり合えないと思う女性が、今より生きやすくなるために(対策)

分かり合えないと思う人々と、あえて分かり合おうと努力するかは本人の自由です。しかし、女性らしい人を見るとイラっとするなど、ネガティブな感情が強く感じられる場合など、「分かり合えない」として放置するよりも、もっと生きやすい方法があるかもしれません。

・シャドウを癒やす

女性らしさ・男性らしさというのは、社会や文化によっても異なりますが、女性らしさをもしも「大っ嫌い」と感じたり「イライラする!」などと思うとしたら、それはシャドウといえるかもしれません。

シャドウとは、あなたが「絶対にそうなってはいけない」と自分に強く禁止したり封印した要素を持っている人のことをいいます。

理由はともあれ、自分の在り方に強い禁止をしたとしたら、そこには痛みや悲しみが隠れていることがあります。そのため、禁止した要素(ここでは女性らしさ)を見せつけられると怒りすら感じてしまうことがあるのです。

まずはそんなに健気に女性らしさを禁止してきた自分を労わってあげてもいいかもしれません。禁止をしたのには理由があり、そのために必死にがんばってきた自分に「よくやってきたね」などと言ってあげてもいいかもしれません。

また、禁止をしてきたということは、(認めたくないかもしれませんが)あなたの中にも女性らしさというものがあったかもしれないのです。シャドウというのは「生き残れなかった自分」と表現されることもあるのですが、女性らしい自分がいたのかもしれないと認め、生き残れなかった女性らしさを悪者扱いせず、丁寧に愛してあげようとすることが、自分自身を深く肯定することにもつながるのではないでしょうか。

そうしていくうちに、女性らしさというものが、「あってもいいし、なくてもいい」などのように禁止が少しずつ緩むとシャドウがなくなり、女性らしい要素を持った人を見ても、イライラしなくなることが考えられるのです。

シャドウがなくなるということは、自分とは真逆のように思える人をも嫌わずに生きていかれることでもあり、平和な気分でいられることが増えるといえるかもしれません。

(了)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

職場の人間関係、夫婦・家族の問題を主に扱う。 「解決したい問題がある時に、悪いところを探して正そうとするのではなく、自分の魅力や才能を受け取れば物事を全く別の見方で捉えることができ、自分の枠から自由になり、のびのびと楽に毎日を送れるようになる」というスタンスでカウンセリングを行っている。