どちらも未熟だったのだな、というパートナーシップのお話し

私には、離婚歴があります。

過去に講演などでは、何度かお話しさせていただいたことがあるのですが、その離婚は、ちょっと変わった経緯がありました。

元夫の会社の負債が、億単位でけっこう大きく「いつ潰れるか」といいながらも、なんとか持ちこたえていた、ある日
「会社と社員と社員の家族のために、一旦離婚してくれ」
と、元夫から言われたのです。

負債が大きく、このままだといつ会社が潰れてもおかしくない。
倒産すると、家も借金のカタに取られるだろう。
お前と子供たちに、迷惑を掛けたくない。
経営が軌道に乗ったら、また入籍しよう。

ざっくり言うと、彼から聞かされた離婚の理由はこんな感じでした。

もちろん悩みましたし、話し合いもしました。
一瞬「女がいるのでは?」とも疑いました。
それまでに、浮気疑惑もあったので。

けれど、社員や社員の家族のことを考えると、会社を潰すわけにはいかない。
それには思い切った経営をしたいが、私や子供のことを考えると大胆なことが出来ない、とのことだったんですね。

そうか、私や子供が足枷になっているのか。
それに、確かに社員さん、その向こうには家族の方々もおられるしな。
ここは私が、少しのあいだ我慢すればよいのだ。
生活自体が変わるわけではないし。
と離婚に応じたのです。

きっと、この人なら会社を建て直すだろう。
それまで私は私で、家を守りながら子育てに集中しよう、と思ったのでした。

不思議なことにですね。
離婚してからの方が、彼との関係は良くなったのです。

彼は会社、即ち、社員やその家族のため、そして私や子供たちのために、がんばってくれている。
そんな彼が、帰ってきたときくらいは、ゆっくりと寛げるように居心地よく休めるようにと、料理に励み時にはマッサージをしてあげたりと、私なりに彼を気遣うようになっていました。

するとやはり、そういうのは伝わるようで、彼も機嫌よく家で寛いでくれていました。

それまでの、私たちは本当によく喧嘩をしていたのです。

・朝ごはんは、パンかご飯か
・子供の教育方針
・お金に対する価値観の違い
・料理の味付けの濃い薄い
・育児への協力の度合い
・休日の過ごし方
・両家の親族との付き合い方



なんなら“ラーメンにふる胡椒の量”で大喧嘩をしたこともあります笑

その戦いは”どちらのやり方に合わせるのか?”というもので、お互いが
「自分はこんなにも大変で、こんなにも苦労しているのだから、相手はもっと自分を労わるべき」
「私は、正しい。なので相手が私に合わせるべき」
そう主張していたのですね。

どちらもが
「奴は、自分の気持ちを全く理解してくれていない!」
と怒っていたのです。

当時は本気で
「私が正しいのだから、相手が変わるべき!」
そう思っていましたが、今から考えると、どちらの言い分も正しくて、どちらも間違っていない。

けれど私も元夫も、自分の痛みや大変さばかりに目が行って、相手の辛さや苦しみには無頓着だったのです。
見ようと思えば見えたはずの、相手からの愛情を見ようとはせず、お互いに無いものばかりに目をやって、あれが欲しいこれが足りないと相手に要求ばかりしていたのです。

では、私はどうしたらよかったのでしょう?
その答えはとてもシンプルで簡単です。
先にどちらかが相手の欲しがるものを、差し出せばよかったのです。

心理学では「欲しいものは、自分から先に与えましょう。そうすれば手に入ります」という言葉があります。
ヤな言葉です笑

頭では理解できても、それまでのたくさんの負の感情が邪魔をして、当時の私は素直になれませんでした。

けれど、離婚して自然と私から彼を慮り、彼がしたかった仕事の運び方が出来るようなサポートを差し出すようになると、彼からも私が生活しやすいようなサポートや、私を認め、敬うような言葉が聞けるようになっていたました。

彼との関係性もよくなって、幸せを感じていたのも束の間。
離婚から、2年ほど経った頃だったでしょうか。

戸籍謄本が必要な用事があり謄本を取り寄せたところ、なんと、彼は私と離婚して
1年後くらいに結婚していたのです。
しかも、子供まで産まれている。
さらに、半年で離婚しているではありませんか!

これほど動かしがたく、誤魔化しようのない証拠ってないです。
人に嘘をついて離婚までして、再婚して子供まで産まれていたとは…。
しかしながら、半年で離婚しているってどういうことだ?

さっぱり意味がワカリマセン。
けれど、そのときは不思議と冷静に「とりあえず子供たちのご飯を作らねば」と料理に取り掛かったのを覚えています。

あれから14年ほど経ったでしょうか。
当時、中学生だった息子と小学生だった娘は立派に成人し、娘も来年からは社会人です。

ちょっと変わった離婚劇を演じましたが、そのお蔭で心理学と出会い、我ながら成長したなぁ、と思うのです。

その後、元夫とはかなりヘヴィーな愛憎入り混じった修羅場がありましたが、今では子供を交えての友好的な関係にあります。

一時は、髪の毛が総毛立つほどの怒りに打ち震えましたけれど。
たぶん彼には、私が夜叉のように見えたこともあったでしょう笑

元夫とのイザコザがきっかけで心理学を学びだし、たくさんの人と出会って、たくさんの人の心と触れ合わせてもらって今思うことは
「そのときそのとき私たちは常に自分なりのベストを尽くしながら一生懸命生きているのだな」
ということ。

色んな壁にぶつかりながら、でも、その壁が高ければ高いほど苦しみはするけれど、その壁を乗り越えたときに、心の器はグンと広がり深みを増すのだろうなと思うのです。

特に、パートナーシップは近い関係なだけに、お互いに甘えが出やすいし、距離が近いぶん、相手の全体像がよく見えなくなる時期もあります。

なぁんか、自分ばかりがしんどくて損ばかりしている気がする。
人の気も知れずに、相手は楽しそうに充実した日々を送っているように見える。
というような。

あの頃の喧嘩ばかりしていた私と元夫は、どちらも未熟者だったのだな、と思うのです。
もしも、どちらかが先に大人になって、もう少し早く相手を理解し、受け容れようとしていたならば、この元家族は今も家族のままだったかもしれません。

いや、あのあと女性関係がポロポロ出てきて、つい最近までフラフラしていたようなので、遅かれ早かれ夫婦関係は解消していたな笑

それにしても、遠い昔にはトキメキや乙女心や母性、離婚時には恨みつらみや執着、怒りなど、色んなものを感じさせてくれた相手ではありましたが、そのぶん私を成長させてくれた人でもあったな、と思います。

人の心って、おもしろいですね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

恋愛や夫婦、浮気、離婚などのパートナーシップから対人関係、子育て、また、死や自己受容のテーマなど幅広いジャンルを得意とする。 女性的で包容力があり、安心して頼れる姉貴的な存在。クライアントからは「話しをすると元気になる」「いつも安心させてくれる」などの絶大なる支持を得ている。