「ありがとう」を言えたなら。

6月20日は父の日でしたね。

みなさんは、お父さんは、好きですか?
どんなふうに思っていますか?

わたしはすこし前までは父親が好きではありませんでした。

原因はいろいろとありますが、決定的なのは美大に進学したかったのですが、とりあってもらえなかったことでした。

家が貧乏でしたから、お金のかかる美大に進学できないのは仕方ないことでした。

わたしはそれまで、たくさんの我慢をしてきました。
何かがほしいとねだったことは一度もありませんでした。

そのわたしが勇気をふりしぼって伝えたお願いを、父親はうしろを向いたままで聞いて、「お金がかかるなぁ」と言っただけだったのです。

他にはなんの言葉もありませんでした。
なにか言葉をかけてほしかった‥。

わたしはその言葉と態度で、美大進学はむりだとわかり、あきらめました。

それから父親に何かをお願いすることはありませんでした。
父親を避けるようになりました。

でも、すこし前、その冷え冷えとした関係を終わらせたいなぁ、と思うようになったんです。
もうすこし父親と近づこう、そう思いました。

そう思った理由は、父親が年をとってきたからです。

父親は70歳こえました。
今は元気です。
でも、いつどうなるかわかりません。

こんな冷え冷えとした関係のままで父親とおわかれするわけにはいかない気持ちになったのです。

父親になにかしてあげよう、と思いました。

父親は元気です。
孫も近くにいるし、母親とも仲良くしていて好きな自転車の仕事もしています。
父親は自分の好きな音楽や本があればいいひとです。
家でそれらを楽しむのが一番すきなのです。
いまの暮らしに満足しているのです。

とくにしてほしいこともなさそう。
とくにほしいものもなさそう。
とくに行きたいところもなさそう。

なにをしたら父親をよろこばせることができるのか‥。

ああ、ひとつある‥。
思いつきました。

それは、わたしの自転車の修理をたのむことです。
後輪がパンクしてしまったのです。
父親は自転車のお店で働いています。
パンクの修理なんて簡単です。

パンクの修理をたのむと父親が喜ぶ?
数年前のわたしなら絶対しない発想です。

だって愛することって「何かしてあげる」ことって思いますもの。

でも、そうじゃない愛し方もあるんです。
「役に立たせてあげる」「愛させてあげる」という愛し方です。
そのひとからの「愛をうけとる」ということです。

数年前、わたしはカウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスが運営するカウンセラー養成コースに入りました。

受講生として、ワークショップのアシスタントやボランティアカウンセラーをたくさんしました。
愛をあたえる実習、ひとを愛する実習をやまのようにしました。

苦しんでいるひと、悲しんでいるひと、傷ついているひとの役にたちたい。
そう思って、頑張りました。

役にたてなかったり、うまく愛してあげられないこともたくさんありました。

でも、そのなかでも、わたしの愛がひとの役にたつこともありました。

「ありがとう」「気分がかるくなりました」「よりそってもらえて安心しました」「勇気がでました」なんていってくれるひともいたんです。

ものすごくうれしかったのです。
自分の愛がひとの役にたったんだ!って。
愛をうけとってもらえたんだ!って。

ひとはひとを愛したいのだ。愛させてもらえることは、ほんとうにうれしいことなのだ、と学んだんです。

私は、それまで父親からの愛をまったくうけとってきませんでした。
なにをしてもらっても、なにを買ってもらっても喜びませんでした。

そうやって、ずっと父親を責めてきたのです。
自分を愛させないことで、父親を傷つけてきたのです。

でも自分がひとを愛してみると、うまくできないことがおおいことがわかりました。
愛するってむずかしいことです。
うまく愛せなかった時の、悲しさ、悔しさといったらありません。

父親はもっと苦しかったでしょう‥。

だから、パンクの修理を頼むっていうことは父親にわたしを愛してもらうっていうことなんです。
父親からの愛をうけとるということです。

ひどい娘だった自分をかえるってことなんです。
ひどい態度をあらためるってことなんです。

ただのパンクの修理ではありません。

だから、ものすごく、勇気をだして父親に電話をしました。

「お父さん、わたしの自転車のタイヤがパンクしているんだ。直してほしいんだけど‥。」

「いいよ。お父さんが休みの日になるけどいいかな?」

父親はこころよく引き受けてくれました。
笑っていてうれしそう。

「いままでごめんなさい‥。」といいそうになりました。
でもそれはちがいます。
愛をうけとっていません。

わたしは、ものすごく勇気をだしていいました。

「お父さん。ありがとう。いつもありがとう。」

「いいんだよ。」と父親は笑っていいました。
とてもうれしそう。

父親は、はりきって自転車をすぐ直してくれました。

わたしは、むかし、父親に自転車の乗り方を教えてもらったことを思い出しました。

絵を描くと、父親が褒めてくれるのがとてもうれしかったことや、好きな本や映画の話を父親とするのが楽しかったことを思い出しました。

わたしは父親がすごく好きだったことを思いだしました。

わたしは父親を「愛さない」ことにずいぶんがんばったようです。
だってもともと父親を好きだったんですから!

そして、「愛さない」ことに罪悪感を感じていました。

父親からの愛をうけとり、父親をまた、愛しはじめたとき、力がぬけてホッとしたのです。
ふわふわと、こころが、かろやかに晴れ晴れとしました。とてもよいきもちになりました。

みなさんには、愛を受け取っていないひとはいませんか?
「ありがとう」を言ってない人はいませんか?

もし、その愛を受け取ることができたなら。「ありがとう」を言えたなら。そのひとはよろこんでくれるかもしれませんね。

そして、みなさんがそれをすることができたなら。
みなさんはホッとしてかろやかな、よい気持ちになれるのかもしれませんね。

いきなり、それをするのはむずかしいと感じるかもしれません。
そんなときは、簡単なお願いをしてみるのもいいのかもしれませんね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

久遠 ひろみ

自身が繊細さゆえの生きづらさに悩んだ経験から、繊細な方が、自分を愛し、自分を自由に表現できるようになるためのサポートを提供。パワハラの克服、がんの闘病の経験がある。深刻な状況でもユーモアを忘れず、高い共感力と繊細な感覚を使い、お客様によりそうカウンセリングを得意とする。