愛の目でみてみよう

こんにちは。
カウンセリングサービスの青井あずさです。
今日は「愛の目で見てみる」という試みについて、私の体験談と共にお話したいと思います。

私が愛の目で見てみたいと思ったきっかけは、義母の三回忌でした。
今から三年前の事です。
かつての私は婚家について、こんな思い込みをもっていました。

「みんな私の敵」

婚家の親戚はあげ足を取ろうとする敵だと思っていたのです。
親戚一同で集まる時は、何かしらの議題の矢面に立つことが多かったので、その付き合い方についてはなかなかに苦労してきたことから、ずっと苦手意識がありました。
嫌われているし、独りぼっちで戦わなくてはいけないと感じていたのです。
そして「嫌われている私は、どうせ何をやってもダメだ」と思っていたので、自分から親戚に近付くことはありませんでしたし、どちらかというと「悪い嫁」な態度をとっていたのです。

三回忌の日程が決まった二ケ月前から気が重くて仕方がありませんでした。
当日の事を考えると怖くて、憂鬱で‥
何かにつけて嫌な想像をしてしまうのです。

あぁ、あのことで注意されたらどうしよう。
あのことで、こう言われたらこう言い返そう。
あの人は振る舞いにうるさいから、三回忌のマナーを覚えなきゃ。
あの人には馬鹿にされたくないから、服装をきちんとしなければ。

などなど‥私のToDoリストは、恐れからの事柄でいっぱいでした。

そんなときに当時通っていたカウンセラー養成スクールの先輩からメールをもらったのです。
内容はこのようなものでした。

「どんなにしんどい時にも、何かしらの愛や光がどこかにあるのではないかという信頼を持つこと」

愛や光がどこかに必ずあるという目で見てみるという、どんなにしんどい状況でも見方を変えてみるという試みについてのメールでした。

人の深い孤独や、誰にも頼れないしんどさに飲み込まれそうになる時に、それでも希望や愛や光をみることについて書かれていたのです。

例えば、私のように避けられないとっても苦手な事柄があったとして。
自分にできることはないと思いながら被害者意識いっぱいでやり過ごすことを選ばなくてもいい。
どんな状況の中でも「愛や光が必ずある」という目で見てみるという試みです。

私はこの試みについて「自分の中にもできることはあるのならば、それはやってみる価値はあるし、自分にもまだできることがあることが嬉しい」と感じられました。
私は先輩のようなものの見方をしてみたいと思ったのです。
私も愛の目で物事を見てみたいと思ったのです。

当日、義母の三回忌は檀家になっている寺で執り行われたのですが、その緊張感からか「愛の目で見てみる」ことについては全く頭から消し飛んでいました。

しかし、式の最中になんだか視線を感じるのです。
義叔母が私の様子を伺っていることに気付きました。

「これは私を気遣っているのではないだろうか。
私を心配しているのではないだろうか」

そのように思えた時に先輩の言っていた「愛の目で見る」ということを思い出したのです。

義叔母はきっと結婚してからもずっと私を気にかけてくれていたのかもしれない。
あまり言葉を交わすことなかったけれども、慣れない親戚付合いに奮闘している私をずっと心配してくれていたのかもしれない。
私は独りぼっちではなかった、そう感じたのです。

愛の目で見た時に、私には心配してくれる人がいたのだと気付けたのです。

すると、とっても安心する気持ちになりました。
私、ずっと見ていてくれた人がいたんだ。
一人じゃなかったんだ。
味方でいてくれた義叔母に感謝の気持ちを感じました。
それは、とってもあたたかくて嬉しい気持ちでした。

そんなことがあり、味方がいる安心感をもって親戚行事に参加するようになると、徐々に親戚付合いに苦手に感じることはなくなっていきました。
もしかして、「みんな敵」と思って戦っていたのは自分だけなのかもしれない。
もちろん今でも緊張はします。でも、どこか安心感があるのです。
行事の何ケ月も前から憂鬱になるといったわずらわしさも、少しずつ薄れてきました。
いつのまにか親戚を気遣う側になっていたことで、付き合いが楽になっていきました。
親戚の人のぶっきらぼうな態度の裏にある、優しさを感じ取れるようになっていきました。

「愛の目でみる」という試みは、自分の感情に浸りこむのではなく外側を見るということなのだと思います。
自分の意識が内側を見ているうちは、自分のネガティブな感情に振り回されてしまいますから。
そのネガティブな目で世界をみればその思いが投影されて、ネガティブな世界がやってくるでしょう。
私たちは心の中にあるものを世界に見ようとしますからね。

しかし愛の目で見るという試みは、自分が見ている世界の被害者ではなく、世界について別の見方があるというレッスンだと思うのです。
全く手も足も出ない八方ふさがりの時に、自分にもやれることがあるかもしれないというのは、すごく勇気が出ることだと思いませんか?
やってみる価値はあると思いませんか?

自分の味方がいない、ひとりぼっちだと感じる時に、「愛の目でみる」という見方、ちょっと試してみてください。何か今までとは違うことに気付くことがあるかもしれません。
あなたのチャレンジを応援しています。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

青井あずさ

離婚危機や家族・親族との軋轢を越えてきた経験から、パートナーシップや家族関係を中心に人間関係の問題全般を扱う。持ち前の感覚と感性を使い、クライアントの繊細な感情を読み取り、表現することに長けている。痛みや苦さを癒した先に見えてくる自己実現までをサポートすることが得意。