お節介な人と、気が利く人の違い

同じことをしていても、「お節介な人」と言われる場合と、「気が利く人」と言われる場合があります。

人それぞれ、考え方や感じ方が違いますから、受け取り方の違いによって、お節介になったり、気が利くになったりしてしまいます。

ですが、お節介な人と言われることが多い場合は、相手よりも自分を見ていることが、原因であることが多いのです。
「何かをしてあげること」によって、自己価値を得ようとし、自分の正しさを主張しようとしていると、気を利かせたつもりが、お節介な人になってしまっていることが、少なくありません。

また、相手が「お断り」の意思表示をしたときに、その「お断り」を快く受け入れられるかどうかという違いもあります。

自分に意識が向いていると、「お断り」を「拒絶された」と受け取ってしまうからです。
それは、拒絶されたのではなく、相手の意志だと、お互いの違いを受け入れることができる人は、気が利く人と言われることが多くなります。

◎リクエストを頂きました◎
=======================================
私はときどき「本当に気が利くね」と友達や職場などで言われることがあります。自分でもいろいろ人のために気配りをすることが得意な方だと思います。

しかし、ある時、職場の先輩に「気を使いすぎ」と言われたり「そこまで気を使うと嫌味やお節介に見えるし、もう少し相手の気持ちを考えて」と言われることがありました。

たとえ良いことでも気を使いすぎることは、人に不快な思いをさせてしまうものなのでしょうか?
相手への配慮や気遣いもどこまではいいコトで、お節介にみられるのか?わからなくなってしまいました。
(一部編集させていただいています)
=======================================

例えば電車に乗っていて、ご年配の方に席を譲ったとしましょう。
その時に、席を譲られたご年配の方によっては、「お節介だな」と思って断る人もいます。
でも、「気の利く人だな」と思って、ありがたく席を譲ってもらう人もいます。

相手の方の受け取り方次第なのです。

相手というのは、何かしたときの対象の人となるのですが、受け取り方は人それぞれです。
ですから、同じことをしても、全員から「気が利く人」と受け取られる訳ではありません。

反対に、全員から「お節介だな」と受け取られるということもないでしょう。

「お節介」と「気が利く人」という言葉の意味としての解釈ではなく、お節介な人と称されることが多い人と、気が利く人と称されることが多い人の違いについて、今日は少しお話しさせていただきます。

自分の意見を押し付けたり、相手が拒否しているにも関わらず何かをしようとする人は、お節介と称されることが多くなります。

それは、相手を見ているのではなく、自分を見ているからです。

「何かをしてあげることができる自分」に意識が向いているのです。

ですから、相手がそのことに対して、「お断り」の意思表示をしたときに、落ち込んだり、傷ついたりしてしまいます。

相手の気持ちや意志、状況に、あまり関心がなく、自分に関心があると、お節介な人として称されることが多くなってしまいます。

一概には言えませんが、お節介と称されることが多い人は、自信がない人が多いかもしれません。

自信がないぶん、「何かをしてあげること」で、自己価値をもちたくなるのです。

ですから、相手がお断りの意志を表したときや、自分を受け入れてくれないときには、自己価値を感じることができません。

また、意識が自分に向いていますから、相手が明確なお断りをしないで、困った顔をするだけのときなど、相手が困っていることに気づくことができません。

「あなたのためを思って」と言って、自分の考え方を押し付けてしまう人は、お節介と称されてしまうことが、多くなります。

人にはそれぞれ、気持ちや意志、考え方がありますから、その違いを受け入れられるかどうかなのです。
気が利く人と称されることが多い人は、相手の気持ちや意志、状況に関心をもっています。

「何かしてあげることができる自分」ではなく、「相手」に意識が向いているのです。

ですから、相手が明確なお断りの意思表示をしなかったとしても、相手が困っていることに気づくことができます。
そして気付いたら、「必要なかったのだな」と、サッと手を引くことができます。

また、「余計なことをしてしまって、ごめんなさい」と謝ることもできます。

自分ではなく、相手を尊重することができていると、気が利く人と称されることが多くなります。

気が利く人と称されることが多い人は、相手の態度に左右されないですし、自分の気持ちと相手の気持ちの両方を見ることができますので、自信がある人が多いのかもしれません。

人と自分の意見や気持ちが違っていても、それで自己価値が左右されることがないのです。

相手が、「お断り」の意思表示をしたときに、それを快く受け入れることができるかどうかは、「お節介」と「気が利く人」の違いなのかもしれません。

「お断り」を「拒絶」と受け取ってしまうと、快く受け入れることができないので、相手への押し付けということになってしまい「お節介」になってしまうのです。

自分に意識が向いているか、相手に意識が向いているかの違いなのかもしれませんが、100%自分に意識が向いている人も少ないですし、100%相手に意識が向いている人も少ないですから、本当に微妙なのです。

相手の受け取り方次第で、お節介な人になるか、気が利く人になるかは、その時々ですので、難しいですよね。

 

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大門 昌代

恋愛や結婚、浮気や離婚など男女関係、対人関係やビジネス関係、家族関係や子育て、子供の反抗期、子離れ、親離れ問題など幅広いジャンルを得意とし、お客様からの支持が厚い。 女性ならではの視点と優しさ、母としての厳しさと懐の深さのあるカウンセリングが好評である。PHP研究所より2冊出版。