「おせっかい」と「気が利く」はどこが違う?

誰かのためによかれと思ってやったのに、「よけいなことをして」、「おせっかいね」、という困惑の目で見られてしまうことがあり、残念です。

「気が利く」と喜ばれる場合とではどこが違うのでしょうか。せっかくの好意のつもりが不本意な受け取られ方をするときは、大きく2パターンあり、相手が自分で決断したいと思っているところを気づかずにその意思をスルーしているか、自覚の有る無しにかかわらず、相手の感謝や好意を引き出そうとした行動になっているときです。

こういう方はもともと人の痛みに共感する能力の高い人なので、まずは自分のニーズと向き合い、理解したうえで、見守る姿勢をもてると対人関係は飛躍的によくなるでしょう。

◎リクエストを頂きました◎
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「よけいなおせっかい」と「気が利く」ということはどこが違うのでしょうか?
同じことをしても、相手の捉え方次第ですよね。相手にとってしてほしくないことであれば「よけいなおせっかい」。相手にとってしてほしいことだったら「気が利く」。そのような解釈でいいのでしょうか。
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リクエストをありがとうございます。

確かに、誰かのためによかれと思ってやったのに、「よけいなことをして」、「おせっかいね」、という困惑の目で見られてしまうことってありますね。その一方で、「気が利く」と大いに喜ばれることもあります。誰かのためにやっていることに変わりはなさそうなのに、なぜ相手の反応はこうも違うのでしょうか。

もちろん、相手の「受け取り方」という、相手方の要素はあります。でも、もし、「おせっかいね」という反応が複数の人からかえってくるようならば、そこには学べることがあるのかもしれません。

誰かのためによかれと思ってやったのに喜ばれないケースには、大きく分けて2パターンあると私は考えます。

一つは、相手の主体(主権)を侵害しているとき。

例えば、夕方になって急に冷えてきて、子供がぷるぷると震えているとします。汗が冷えてきて寒いのではないかと思い、カーディガンを羽織らせようとすると、モーレツな勢いで怒られるようなことがありますね。

風邪を引いては本人も辛いでしょうから、大人の目から見ればもう一枚羽織るのは当然の対策です。それを好意でカーディガンをとってあげて着せてあげようとしたのですから、あくまでも「相手のため」を思っての行為です。でも、子供にしてみれば、「自分で決めたい」のに、「自分で決めさせてくれなかった」と思うようです。

それは、「自分で決められる」という主体(主権)があることをちゃんと確認したいのに、あたかも、自分にはその判断能力、決断力がないように扱われたことについて怒っているのです。

人は自分のことは自分で考えたいし、自分で決めたいものなのです。たとえ悩みが深くても、自分の悩みは自分のものだと思っています。そして、そんな自分の心の領域を尊重してほしいという気持ちがあります。

だから、むやみやたらにアドバイスはされたくないです。ましてや決めつけるように先回りして「やっておいて」欲しくはないのです。「◯◯のようにお手伝いさせていただきたいのだけれど、どうかしら?」という一言が欲しい、というところでしょうか。心は見えませんが、そんな見えない心の境界線を尊重してもらえると、「自分の気持ちを大事にしてもらえた」「気が利く人」と好意を受け取りやすくなります。

もう一つは、相手からの感謝や好意を目的とした行為であると、相手は奪われる感じがする、という問題が生じます。

一つ目のケースは、相手に感謝されることを期待していたわけでもなく、純粋に好意としてやったことが、相手の意思を図らずもスルーしている場合がある、ということですが、こちらは、相手に「感謝されたい」「好かれたい」という目的があって頑張りすぎてしまう場合です。

自分に自信がイマイチ持てず、相手から好かれたい、嫌われるのが怖いという気持ちが強い(無価値感)と、せっかくの「善い」行いも、相手にとってはコントロールや負担に感じることがあります。「感謝しなければいけない」「好きにならなければいけない」というプレッシャーを感じてしまうのです。

「おせっかいね」と言われてしまうのは残念ですが、そう言われてしまう方は、例外なく情けの深い、温かい人柄で、人の痛みやニーズに共感する能力の高い方です。だから、誰かの力になることのできる人であることに間違いありません。

まずは、自分の中の、「もっとわかってほしい」「助けてもらいたい」という気持ち(ニーズ)と向き合って、その悲しみを抱きしめてみましょう。

そのうえで、同じような「助けてほしい」という思いを持つ人をそっと見守るというスタンスをとってみてはいかがでしょうか。ちょっと距離を置きながら、見守っていると、相手からの「今は、自分で頑張りたい」「今は、助けてほしい」というサインがわかるようになりますから。

そのサインに「私でよかったら」と反応してあげられるといいですね。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。