謝らない人の心理~あなたはその人の天使かもしれない~

加害者を「許す」ことで、過失を犯した人を心理的に救うことができるのです。

謝れない人は「許されない」と思っている人で、罰せられると思って怖がっていることを隠しています。
そんな「怖がり」な気持ちに寄り添うコミュニケーションができると、その人を罪悪感のムシロから救うことができます。

***

多く失敗や問題は、過失や責任を認めた上で、誠実に、真摯に謝罪することで許されます。
ところが、世の中には謝らない人はいて、何らかの被害や損害(それが物質的なものでなくて感情的な傷つきだとしても)を被った側にすると、憤懣やるかたない、ということになります。

カウンセリングをしていると、「彼が間違えたのに、謝ってくれないんです。どうして自分が悪いのに謝らないのでしょうか?」というご質問をよくいただきます。心の仕組みから「謝らない人」の感情を読み解き、そんなときにできることを考えてみましょう。

 

「許されない」と思っているとなかなか謝れない

人は、許してもらえると思うと素直になれます。「申し訳ない」という自分の気持ちにも素直になれ、迷惑をかけた相手に対しても、すぐに誠意を持って謝ることができます。ところが、自分の失敗が、取り返しがつかないほど大きなもので、とても許されるはずがないと思うと、その失敗があったことを受け入れ難く感じます。心理学では、そんな心の作用を「否認」と言います。

例えば、お皿洗いをしていて、手を滑らせてしまい普段使いのお小皿を割ってしまったとします。「しまった!」とは思うかもしれませんが。比較的素直に、「ごめんなさい!このお小皿、落としてしまったの」と謝れるのではないでしょうか。でも、これが、おじいちゃんが愛でている江戸時代から伝わる家宝のお茶碗だとしたらどうでしょう?いけないとはわかっていても、知らん顔したくなりませんか?できれば何事もなかったかのように箱に戻したいと思うのではないでしょうか。

 

罪悪感が強すぎると余計に態度が悪くなるワケ

罪悪感がなければ、「申し訳ない」とは思いませんから謝りませんけれど、罪悪感があまりにも大きいと、自分の非を認められず、謝れません。謝るどころか、「置き場所が悪いじゃないか」などと、責任転嫁をしたくなります。

よく、浮気をしているのがパートナーにバレると、しおらしく謝るどころか、「そっちこそ家のことをちゃんとやってくれていないじゃないか!」などと逆ギレして、これ見よがしに愛人と見えるところで遊びに行くようなことをする人がいます。相方はたまったものではないので、「ウチの人は、罪悪感のカケラもないと思います」とおっしゃいますが、むしろ、罪悪感が強すぎて、許されるはずがないと思うから、心から追いやるようにしていることが多いです。許されないなら、やけっぱちで、「どうせ自分が悪いのだから、悪役になればいい」と言わんばかりに開き直り、必要以上に態度が悪くなるのです。

「許される」と思うと、失敗は認めやすいですし、謝りやすいけれど、「許されない」と思うと、「失敗を認める」ことも、「謝罪する」ことも、俄然、ハードルが高くなります。人って、ちょっと頑張ればできそうなことは、一生懸命にやりますけれど、「ムリ」って思うと頑張れません。

あまりに大きな失敗をしてしまうと、リカバリーができなさそうで、「自分はダメ」「悪いヤツ」というセルフイメージをもつので、そのセルフイメージ通りの「悪い」態度をとります。迷惑を被った側にすると、腹立たしいものですが、こういう相手ほど、あなたからの「許し」を必要としているのです。

 

罪悪感が強いほど「負け」られない

人間は、神さまではありませんから、誰だって間違いはありますし、たくさん失敗もするものなのに、失敗しちゃいけない、間違えてはいけないと思い込んでいるようです。

「自分が正しい」ことを主張して、なかなか謝ってくれなくて、屁理屈でしかないときでも、自分の正しさを譲らない人もいますが、それくらい間違えることが怖いのでしょう。そこまででなくても、仕方がなかったと言い訳したくなる気持ちは、誰にでもありますね。普段はそれほど意識していないけれども、それほど、私たちはみんな、間違えることや失敗することを怖がっているようです。

「謝る」と「負けた」気持ちになることもあります。特に男性は、子供の頃から勝ち負けを意識させられる状況が多いせいか、「謝る」ことすなわち「負け」だと感じて、謝れない人も少なくないでしょう。負けると全てを失うように感じてしまうと、素直に、過ちを認めにくいですね。

このように「正しくなければいけない」とか、「負けてはいけない」と思うのも、子供の頃に失敗したから、負けたら、痛い目にあった、という経験からきています。「自分が大失敗をして親を悲しませてしまった」。「自分が負けたことでお母さんをがっかりさせてしまった」。そンなな失敗感や挫折感、うまくできなかった罪悪感をもっていればいるほど、もう二度とそんな思いはしたくないので、失敗や「負け」を簡単に認められなくなります。

 

被害者は加害者を救うことができる

こう見てきますと、「被害者」は、当然、「謝ってほしい」と思いますし、謝ってもらう権利はありますが、と同時に、加害者を「許す」ことで、過失を犯した人を心理的に救うことができる、ということがわかります。あなたは、「謝れない」人の天使かもしれないのです。

凝り固まったプライドから、自分が「間違えた」と言えず、「負け」を認められなくて謝れないのも、心理的には辛いものです。鉄仮面のように強がっていますが、心の奥底には、誰にもわかってもらえない、傷ついた子供がいます。

もしも、相手を罰することではなく、和解することを望んでいて、そうしたいからこそ「謝罪」が欲しいのであれば、「謝罪する」ことへの心理的なハードルを下げることを考えてみるといいでしょう。

過ちを認められない人の、「わかってもらえない」と頑なに信じている痛みを思いながら、起きた事実よりも、過失が起きたことで、「びっくりしたでしょう?」、「不安になるかもしれませんが」と相手の怖がる気持ちをサポートするコミュニケーションにトライしてみませんか。きっとそれができるあなたの人間関係が、さらに豊かなものになるでしょう。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

退会しました