一枚の写真

父を思う時に思い浮かぶ一枚の写真があります。
それは私が1〜2歳の頃、窓の網戸を突き破り、外に向かって身を半分乗り出して満面の笑みを浮かべている場面の写真です。

私は、子どもの頃にその写真を見ては「私はおてんばな子だったんだなぁ」くらいの感想しかなかったのですが、父はこの場面を撮った時のことを「あの時は慌てて外に出て撮った覚えがあるなぁ」と言っていた記憶があります。

私が大人になり結婚をし、子どもができて子どもの日々の成長を写真におさめていた頃、ある日子どもが障子を破って身を乗り出している場面に遭遇したとき「あ!面白い写真が撮れそう」と思いとっさに写真を撮る私がいました。

この時、私が子どもの頃の網戸を突き破った写真を思い出し、私と子どもで網戸や障子を破って同じような行動をしているんだなぁ、って思い出し笑いしてました。
この頃までは、私の中では私の子どもの頃の写真と子どもの写真は「おもしろい場面が撮れた写真」だったのです。

冒頭に父との思い出にと書きましたが、私の父は数年前に他界しています。
父は穏やかで話好きの人でした。
私は叱られた記憶は一度もありません。
そんな話好きの父は、子どもが好きなアニメの話には詳しく、当時のテレビゲームなども一緒にするくらい子どもと関わる父親でした。
今思えばとても子煩悩だったと思えるのですが、当時の私は、父は話し出すと長くなるので、それが嫌であまり父との会話を楽しんだという思いはありませんでした。

私が大人になっても父と会話を楽しむことはあまりなく、父は変わらず話をしてくるのですが、私はというと聞く耳をもたないというか、適当に聞き流していました。
父はいじけることなくマイペースで話し続けていましたけど…。
今思えば、私はひどい態度だったなぁ。
もっと父との会話を楽しんでいればよかったと反省しています。

時は数十年過ぎ、父も高齢になり、もともと持病を抱えていたこともありだんだん体調がすぐれなくなり、入院してからだんだん口数も減っていきました。
話をしない父がなんだか違う人のようにも思えました。

その頃の私は、離婚問題を抱えてたこともあり、父を心配させたくなかったのと、思うように親孝行できていなかったことの後悔がありましたので、今まで伝えてこなかった父への思いや感謝の気持ちを込めて誕生日や父の日などに手紙で感謝を伝えたり、孫の顔をたくさん見せておこうと病院に行ったりして、会話以外での父との時間を楽しむようにしました。
話せなくなった父ではありましたが、病院へお見舞いに行った帰り際には必ず、私や孫の頭をなでてくれたり、握手をしてくれてました。
それが父にとっての会話のようなものでした。
もちろん会話ができない寂しさもありましたが、それまで、頭をなでてもらったり父と娘で握手をすることがなかったので、照れくさい気持ちもありましたが、直接触れることでつながりを感じることもできました。

父が話せなくなったことは、一見いい出来事とは捉えにくいのですが、人は問題や何かをきっかけにして思いや考え方、愛し方を変えることができます。
方法は一つではないんですね。

父と私で言えば、父が話せなくなったことで、会話はできなくなりましたが、手紙を書いたり、顔を見せたり、頭をなでたり握手したりと、今までしてこなかったコミュニケーションを通して父と私の心の距離は近くなることができました。

そして、父との距離が近くなった時、私が小さい頃に網戸を突き破って顔を出してる写真をふと思い出した時、父はあの時、とてもわくわくしながらカメラを手に取り、外へ駆け出し楽しそうに嬉しそうに写真を撮っていたんだなぁと、そんな父の姿が浮かびました。
だって私も同じように子どもの写真を撮った時、わくわくしながらカメラを手に取りシャッターを切っていましたから。
「慌てて撮ったなぁ」と言っていた言葉のもっと奥を感じることができ、父の愛情が思い出の上書きになりました。

父の子どもへ向ける愛情を感じ取れた時、私の中で「面白い場面が撮れた写真」から「父の思いを知る写真」になりました。
一枚の写真の思い出がまた更に深くなりました。

なかなか気づくのに時間がかかってごめんね、お父さん。
そしてありがとう。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

北原さゆり

夫婦、浮気、離婚などのパートナーシップや親子関係、子育ては、自らの経験を生かし「こじらせてしまってからの幸せのみつけ方」をビジョンにカウンセリングを提供。また、クライアントの持っている価値や才能、魅力の芽を見つけることが得意。安心感と包容力でクライアントからの信頼を得ている。