自分らしさ(後編)

こんにちは、平です。

先週に引き続き、帰国子女の女性の物語です。

彼女は両親とも日本人なのですが、高校を卒業するまでずっとアメリカで育ったため、外見は日本人、内面はアクティブなアメリカ人のような

女性でした。

そして、日本で大学を卒業し、就職もしたわけですが、そのバランスがとれず、つねにストレスを抱えていたわけです。

が、じつはその大きな原因をつくっていたのが、「日本人の外見をもっている自分は、おしとやかで従順で献身的な日本人女性としてふるまわなくてはならない」という彼女自身の強い思い込みでした。

彼女のおかあさんは、あまり自己主張することはなく、ものごとは状況から判断したりして、言わずとも理解できる人でした。彼女曰く、これは“特殊能力”で、おかあさんのこの日本的なセンスはまったく理解することができなかったわけです。

アメリカのような多国籍民族の世界にあっては、日本的な“あ・うんの呼吸”などというものはありません。口に出してコミュニケーションしないかぎり、自分の主張はだれにも伝わらないわけです。なぜなら、共通認識というものがほとんどないわけですからね。

その点、彼女にとっては“不思議の国・日本”だったわけですが、長く住んでいるうちに、だんだん日本人のその共通ルールが見えてきたようでした。

そして、気づきはじめたのです。自分が、多くの友人や会社の人々から、いろいろな場面で、見守られたり、優先されたりしてきたということに。

日本人の読者のみなさんならわかると思いますが、なにかのグループで「これやりたい!」と声を大にして言う人がいたら、それがそんなにしたいことではなかったとしても、われわれ日本人はいちおうつきあったりすることが多いですよね。

彼女は「みんなもしたいことだから」と認識していたのですが、じつはそうではなくて、自分が優先されていたと気づいたわけです。そして、それを学ぶに従い、自分もいろいろな人を優先してあげる側にまわらなくてはと考えるようになりました。

そうして、以前だったら、「したいことは、言わないとわからないじゃないの。言わないということは、したいことがないのと同然よ」と考えていた彼女が、どんどんどんどん、日本的な“見守る形の愛情”を学びはじめたわけです。

また、先ほども述べたとおり、彼女らしさというのは、アクティブで、積極的で、自己表現が上手なところにありました。

それについて、「みんなはそのことを、ほんとうに嫌っているんですかねぇ?」と私が質問したところ、彼女は考え込んだのです。で、そのことについて、会社の同僚に聞いてみたようでした。

もちろん、まわりのみんなは、「それがあなたでしょ」、「あなたらしくていいよ」などと答えてくれました。しかし、そのときの彼女はみんなの言葉を、「また日本的な流儀で、心にもないことを言ってくれてる」としか捉えられなかったのです。

さて、この、アクティブかつ積極的な彼女ですが、唯一、アクティブにも積極的にも慣れないことがありました。それが、男女関係だったのです。

前述のような思い込みがあったので、「自分はモテないだろう。だって、日本的な女性ではないから」というコンプレックスがあったからです。

しかしながら、まわりの人が思っていたことは逆で、「あれだけ積極的な彼女が男性にまったくアプローチしないのは、日本の男性に魅力を感じないからだろう」ということでした。

その後、彼女はすこぶる日本的な儀式によって、男女関係における積極性を発揮することになります。バレンタインデーに、気になっていた彼にチョコレートを渡したのです。それが、いまの彼女のだんなさまなのです。

彼は、とてもアクティブな女性として、以前から彼女に魅力を感じていたのですが、自分は彼女に目もかけられないだろうと誤解していたそうです。が、彼女が自分らしいアクティブさを奮い立たせたことで、すべてが変わったわけです。

彼女のように、なにかに合わせようとしたり、なにかになろうとしたりすると、いつか苦しくなってしまいます。

それよりも“あなたらしさ”で勝負すること。それこそが、魅力を表現する唯一の方法なのかもしれませんね。

 

では、次回の恋愛心理学もお楽しみに!!

この記事を書いたカウンセラー

About Author

平 準司

神戸メンタルサービス/カウンセリングサービス代表。 恋愛、ビジネス、家族、人生で起こるありとあらゆる問題に心理学を応用し問題を解決に導く。年間60回以上のグループ・セラピーと、約4万件の個人カウンセリングを行う実践派。 100名規模のグループワークをリードできる数少ない日本人のセラピストの1人。