注意力散漫と無意識

ここぞ、という大切なところで失敗してしまう。

頭では分かっているのに、なぜかそのときになると、信じられないような痛恨のミスをしてしまう。
あとから見ると、なぜ自分がこんなことをしたのか分からず、なんとも不思議な気持ちになったり落ち込んでしまう。
そんな経験はないですか?
そして、それは、自分の能力や性格のせいだと思っていませんか?
頭で分かっていながら、別のことをしてしまうのだとしたら、それはあなたの「無意識」がやっていることといえます。

考え事をしながら家を出て、あとから「そういえば、鍵をかけたかな」と思うことがあります。
帰宅するときちんと鍵がしまっていてよかった~、と思うのですが、自分のしたことなのに自分の記憶にないなんて不思議ですよね。
これらはすべて、「無意識」なんです。
では、あなたの無意識は、なぜ、集中したいのに失敗するようなことをしてしまうのでしょうか。

◎リクエストを頂きました◎
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今、運転免許を取りに自動車学校に通っています。
私は反射神経が悪く、よくボーっと考え事をするので、運転には向いてないと感じる上に、何故か運転というのを軽視してしまう(私が下手でも周りの車が何とかしてくれるだろうetc)ので、『絶対私は事故を起こす』と思い込んでしまいます。
このままだとペーパードライバーになってしまいそうです。
何か良いアドバイスが有ればお願いします!

(一部、頂いた内容を編集させていただきました)

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仕事や車の運転など、重要な事柄で注意力に欠けてしまう、なぜかここぞというときに限ってミスや忘れ物をしてしまう、というのは、私たちの無意識の働きが大きいようです。
相談者さんのように、頭ではもっとちゃんとやらなくては、と分かってはいるのに軽視してしまったり、分かっているのにできないとき、無意識は別のことでいっぱいだったりすることが多いのです。
無意識なので、我に返った瞬間、「なんでこんなことしちゃったの」「こんなことをしたのは自分ではない」と思ったりして、わけがかわらないという状態になったりもします。

自分のこころが今、どんなことでいっぱいなのか耳を傾けてあげて、そのことを取り除いてあげられればおのずと「今ここ」に集中する力を取り戻すことができるようになります。
原因として考えられることはさまざまですが、よくあるケースをあげてみたいと思います。

●大きな不安ごとがある場合

自分や家族に大病があることが分かったときや、夫の突然の解雇など、大きなショックや不安に直面したとき、知らず知らずのうちにそのことで頭がいっぱいになってしまいますよね。
何をしていても、上の空といった感じです。

●自分の欲求を抑圧している場合

普段から言いたいことをいえないなど、我慢することが多いとき、自分の欲求を抑圧するために相当なエネルギーを使います。
慢性化しやすいので気づきにくいのですが、欲求は満たされず、いつしか無気力になってしまいます。
また、我慢をしていると不満がたまり、不満や怒りで頭がいっぱいになることもあります。

●自分が不完全だと思っている場合、自己価値が低い場合

自分は不完全だと思ったり、自己価値が低いとき、そんな自分はできない、だから自分はもっとできるひとに補ってもらうべき、助けてもらうべきという気持ちになってしまうことがあります。
もちろん、自分は不完全というのは誤解なので、自分に力があるということを取り戻していくことが鍵になります。

●自分に自信がなく、周囲の顔色をうかがってしまうとき

基準が自分ではなく他人になってしまうとき、どんなに完璧にものごとを進めても、不安が拭い去れません。
常にひとの目を意識しているので、こころここにあらずになってしまいます。

●罪悪感や自己嫌悪が大きくなっているとき

こんなダメな私、というのを証明しようとしていることがあります。
無意識はこころと現状を一致させようとしますので、罪悪感が強いとき、「ほらね」「私ってやっぱりだめなのね」と自分を責めたり罰したりする材料にしてしまうのです。

●正しさにこだわるとき

正義や正しさを強調するとき、実は、潜在的に「自分はいいひとではない」という観念が隠れているといわれています。
もちろんそれは誤解なのですが、無意識に悪いと思っている自分、よくない自分を隠そうとして自分の正しさにこだわったり、他の誰かを非難することでいっぱいになってしまいます。

●がんばりすぎているとき

しんどくてもがんばっちゃうひと、「助けて」と誰かに対してヘルプを出すことができないとき、当然心も体もいっぱいいっぱいですが、こんなタイプはしんどいといえません。
徹夜で仕事をこなしたあとに注意力を研ぎ澄ますのは難しいですが、体だけではなく気持ちががんばりすぎてしまうときも同じです。

などなど。
これらは、「気づいたら」「知らず知らずのうちに」「なぜか」というように無意識の働きです。
ですから、自分が大きな不安を抱えていてそのことで頭がいっぱいだったのだ、などというように「気づく=無意識から意識まであげてくる」ことが大切になってきます。
集中できない自分を責めるよりも、それくらい「~でいっぱいだった自分」を見つめていく方が、建設的といえますよね。
それに、何かでいっぱいになるというのは、それが自分にとって大切なことだからなのです。
「自分にとって大切なこと」を、これらのできごとは教えてくれているともいえます。

がんばりすぎてしまうのであれば休息が必要なのだと見えてきます。
なぜ、がんばりすぎてしまうのかを見ていくこともできます。
自分が注意しているのに注意力散漫になってしまうとき、今、もっと気になっていること、注意を向けるものが別にあるということなのですね。
そして、自分のこころの声に耳を傾けてみるときなのかもしれません。

この記事を書いたカウンセラー

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