人の自慢話が疲れるワケ~無価値感の押し付け合いというゲーム~

自慢話ばかりをしたがる人がいます。

大概は、家族の自慢だったり、経済的な羽振りのよさや昔とった杵柄の話ですが、毎回同じ話を繰り返しするので、聞く側は疲れるものです。自慢話をしたがる人は、劣等感や無価値観が強くて自信がないのですが、それを認めたくないので、人に「褒めて」もらうことで自分のコンプレックスを感じないように自分の心を守っていると考えられます。聞く側は、褒めることを求められ、劣等感や無価値観を刺激されるので不愉快ですが、自分も甘えることに抵抗がない人や自分の劣等感を受け容れている人は、比較的サラリと受け流せるのではないでしょうか。自慢話の背景にある「褒めて」というニーズと劣等感や無価値感は言葉では語られていないので、こうした感情を「言葉化」することで「場」が癒されることがあります。

◎リクエストを頂きました◎
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仕事であれ、趣味であれ、グループやサークルのような集団には、必ず自慢話ばかりする人がいます。聞かされる側にとっては、自慢話は疲れるものです。しかも、その自慢話の内容が毎回毎回同じなのです。主婦であるならば、自分の家の財産、夫の社会的地位、子供の優秀さなど、どれだけ経済的に裕福で優雅な生活をしているか、言いたがる人がいます。このような人にはどう接したらいいのでしょうか。また、聞く側はどう受け流したらいいのでしょう。
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●自慢話は自信のなさの現れ?

リクエストをありがとうございます。

人が集まる席で、延々と自慢話をする人がいます。家族や知り合いの学歴や仕事、家柄、ペット、自分の過去の偉業などで、大概は毎回同じ話を聞く羽目になります。一人こういう人がいるとその人の独壇場になることも多くて、楽しいはずの集まりがただ疲れるばかりだったなんてこともありますね。

「自慢話で疲れる」と感じるときは、「私ってスゴイでしょう?ね?ね?」と繰り返し念を押されているような気持ちになります。「ウチの主人は会社を10社も経営していて、車はベンツで、猫はチンチラで、、、」と続くと、最初は「お幸せね」と言ったものの、延々と「スゴイね」と言い続けなければいけないように感じます。

本人は無自覚ですが、無意識レベルで「褒めて、褒めて」とエンドレスにお願いしているので、聞き手は、やはり無意識にそのニーズを受け、まるでお母さんが子供をあやすみたいにそのお願いをかなえなければならないと感じます。これが「疲れ」るのです。

裏返せば、自慢話をして「褒めて」もらわなければならないほど自信がないのです。心の深いところで「自分は価値がない」と思い込みながらもそれを認めたくないとき、私たちは、みんなが高く評価すると思う人なりモノなりと自分をつなげ、重ね合わせることで、自分にも同様の価値があると信じて、自信のなさからくる不安感や弱さやみじめさといった感情(劣等感や無価値感)から自分の心を守ろうとするようです。そして、不安を感じそうになると、他人に「褒めて」もらうことで、この劣等感や無価値感を感じなくてもすむようにしたいのかもしれません。

●無価値感の押し付け合いというゲーム

さらに深い無意識のレベルでは、自慢話をしながら「私は感じたくないから、この劣等感や無価値感を引き受けて!」と嫌な感情を放り投げていると考えてもいいかもしれません。すると、その場にいる人たちは、自分が抱える劣等感や無価値感を刺激されて、不安でみじめな気持ちになりますから、楽しいはずの会話も楽しくなくなります。それがいやで、さりげなく自慢話をスルーしようとしても、何度も話を蒸し返されるという経験はありませんか?まるで、「このみじめな気持ちはあなたが感じなさいよ」、「いやよ、あなたのものでしょう?」、「そんなことはないわ。あなたが感じるべきものなのよ」と、劣等感や無価値感を押し付け合っているようにも見えます。

やっかいなことに、こうした感情の押し付け合いを、言葉ではなく、無自覚に、無意識的にやっているのです。

●不愉快にならない人ってどんな人だろう?

そんな不愉快な「自慢話」ですが、人によっては涼しい顔で受け止めているように見えます。もし、人の自慢話があまり気にならない人がいるとしたら、それはどんな人なのでしょうか?

心理学的には、人は自分が自分に許容できないことを他人がすると不快感や嫌悪を感じると考えます。「自慢話」につきものの、「褒めて!」というニーズ(甘え)や劣等感や無価値感にともなう不安やみじめな気持ちを「許せない」と感じる度合いが強いほど、自慢話は不愉快に感じられるでしょう。

逆に言えば、人に自分も甘え、人から甘えられることに抵抗がない人、自分の劣等感や無価値感を受け容れて「そう、私はしょせんこんなもの」と気負わずに思える人ほど、他人の無価値感に対しても寛大になれるのではないでしょうか。

●感情を意識したコミュニケーションが場を癒す

では、「自慢話」にはどんなコミュニケーションを心がけるといいでしょうか?「自慢話」の背景には自信のなさと「褒めてほしい」というニーズがある、と言いました。これをなるべく早く満たす、つまり、「それは全部、あなたがスゴイから」と自尊心を支える「自慢話」は目的を失います。

さらに、言葉になっていないけれど感じている「劣等感」「無価値感」を上手に表現できると「場」は癒されます。「そういう自慢ができないのは残念だわ」と「無価値感」に軽くふれると、「でも、楽しいこともあるのよ」と話題の方向転換が軽やかになるようです。こちらは、コミュニケーションの上級者編と言えるかもしれません。

この記事を書いたカウンセラー

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みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。