赤毛のアンと青い鳥 ~腹心の友人たちへ~

ここ数年、あまりドラマは観ていなかった私ですが、NHKの朝のドラマ小説は気付くと結構観ていたりします。
特に今期の『花子とアン』は、私も大好きだったモンゴメリの『赤毛のアン』を初めて日本語に翻訳し、紹介して下さった村岡花子さんの生涯を原案にした作品なので、始まる前からとっても楽しみにしていました。
私は『赤毛のアン』が大好きで、小学校の頃から何度読んだかわからないくらい、村岡版のアンを愛読していました。
私自身の少女時代から結婚して娘たちが生まれる頃までは、年に一度はシリーズを全巻通して、何日もかけて読み、物語の世界を楽しんだものです。
人情や温かみのある時代背景、美しいプリンスエドワード島の自然、生き生きとしたアンの想像の世界、魅力的な人物たち――、こうして書いていても、すぐにでも最初から読み返したくなるくらい、アンの世界は私にとって今でも魅力的で、アンについて語り始めるとすぐに時間が経ってしまうくらい、長くなってしまうんじゃないかなって思います。
孤児で一人ぽっちのアン。
みすぼらしい服を着たやせっぽちの女の子で、取っ手のとれかけた古ぼけたカバンと想像力以外には何も持たない彼女が、次々と愛する人たちに巡り会い、しあわせになっていくその生き方は、私にとって『夢』そのものでした。
そんな魅力にあふれた『赤毛のアン』の世界ですが、私の目に特に魅力的に映ったもの――、それは、アンとその友人たちの関係です。
特にアンには『腹心の友(Kindred Spirits)』と彼女が呼ぶ友人たちがいて、その絆をとても羨ましく思ったものです。
中でも、アンにとって現実世界での初めての友だちであり、生涯の親友となったダイアナとの関係は、私の羨望の的でした。
私の子供時代は、決して不幸なものではありませんでした。
むしろ、しあわせだったほうなのだろうと思います。
けれどそれでも私は、ずっとおおきな寂しさを抱えていました。
今にして思えば、それはただの滑稽な勘違いで、大いなる誤解だったのだけれど、幼い私にとってそれは辛いものでした。
「私は誰にも愛されない」「みんな私を見捨てていく」そんな間違った思い込みを後生大事に胸の中に抱え、「たった一人でいいから、どうか、誰よりも私をこの世でいちばん愛してくれる人が欲しい」、ずっとそう願って生きてきました。
その渇望はとても強く、大きなものであり、そうと意識していない時でも、いつも飢餓のように私の心を苦しめていました。
小学校に上がる頃でしょうか、家族にそれを求めるのは無理だと感じていた私は、友達にそれを求めるようになりました。
でも、親でさえ出来ないことを自分と同じ年の子供に求めたって無理なのは、大人になった今だからわかることです。
「私を一番に愛して」「いつも私を見ていて」「他の人と仲良くしないで」「私のことを全部わかって」――、そんなことを同年代の友達に求めても、当然叶えられるはずもありません。
小学校の卒業とともにその子とも疎遠になり、幾度手紙を出しても返事は来なくなり、中学校ですれ違っても接点すら持てず、私はまた孤独になりました。
中学ではちいさないじめもいくつか経験し、誰にも言えず、毎晩泣いて過ごしました。
そしてそれ以降、私は友達とも距離を持った付き合いしか出来ず、変わらぬ寂しい思いを抱えて生きてきました。
大人になってからも、そんな私を見つけ、パートナーに選んでくれた夫にさえも、私は小学校時代の友人と同じく、心の奥底では一方的に愛されることだけを望み、そして勝手に絶望しました。
両親も友人も夫も、本当は私を彼らなりに心から愛してくれていたこと、今ではしっかりと感じられていますが、当時の私は「それは私の欲しいものじゃない!」と見ようともしていなかったのです。
だから私にとって、『子供を産む』ということは最大にして、そして最後の希望でした。
子供にとって母親はひとりきり、だからこそ子供なら私ひとりを特別に愛してくれるだろうという、勝手な期待をしていました。
それは皮肉にも、私がどれだけ母を特別に思い、愛していたかを証明するものでもあったのですが、私は愛してあげるためでなく、私一人を特別に愛し、求めてくれる存在として、子供を必要としていたのです。
そんな私の下へ娘として生まれてきてくれた長女はとても優しく、愛情深い子だったのですが、繊細で怖がりだったり、不安定で扱い難いところを持ち合わせてもいました。
それはたぶん、私の不安定な状態とも無関係ではなかったはずなのですが、親になりきれていない私にとってはどう接していいか悩むことも多く、私はまた勝手に期待を積み上げては失望して、長女に対して怒りをぶつけてしまうことが多くなりました。
私に怯える長女のほうは、感情を殺し、ただ嵐が過ぎ去るのを待つという方法を選んで大きくなるのですが、家だけでなく外の世界でも周りの怒りを引き受けることが多くなり、それほど大事にはならずとも、いじめられたことも多々あったようです。
その結果、彼女は自分の感情や感覚が分からなくなり、生きている実感さえ感じられなくなっていきました。
そうしてその後、『自傷』という方法を自己の解放手段として彼女は執り、それが私の人生を180度転換させることになったのです。
私はといえば、娘の苦しみと向き合うことで彼女がどれだけ私を愛し、私を求めてくれていたのかを知ることとなり、愕然とすることになります。
そう――、娘が私に向けてくれた愛は、それこそ私がずっと求めていた『愛』そのものでした。
私をいつも見ていてくれて、私を一番に愛してくれていて、心を許せる友達を他に作ることもなく、私一人を求めてくれていた――、けれど私はそれにずっと気づくことがなかった。
(娘がそれを意識してやっていたかというと、そんなことはないのですけれど、それでも私は、彼女の魂が私のためにそうしてくれていたのだと信じています。

私がずっと45年間、気が狂いそうなほどに欲しかった愛は、十数年も前から私のすぐそばにあったのです。
童話の中の青い鳥のように、私はそれに気づかなかっただけなのです。
そして長女だけでなく、次女も、夫も、両親も姉弟も、彼らなりにたくさんの愛情を私に注いでくれていました。
私が皆の愛に、目を背けていただけなのです。
「周りが愛をくれない」と思い込んでいたのはただの間違いで、「私が」愛を拒絶していただけだったのです。
長女の病気と自傷をきっかけに、心を学んで行くこと、自分自身と向き合っていくことで、やっと私はそれに気づくことが出来ました。
愛されることよりも愛することを学ぶことで、自分がどれだけ愛されていたかを気付くことができて、周りに愛を求めなくてもよくなりました。
そしていつの間にか、私の周りにはあれだけ憧れた、心から繋がれる友人たちがたくさんいてくれるようになりました。
いつも一緒にいなくても、たぶん何年かぶりにあったとしても、距離や時間を飛び越えてすぐ以前のように繋がれる、何かあった時に助けを求めたなら、きっとすぐに来てくれる、何の保証もないけれど、そんな風に信じられる関係。
彼らの喜びを自分のことのように感じ、また彼らも私のしあわせを喜んでくれる、くだらないことで笑い合ったりふざけ合って、一緒に泣いて笑って怒って、どんなことも互いに受け止め合える、そんな親友が今、私にはいます。
アンとダイアナの友情のような、そんな美しいものではないかもしれないけど、彼女のためならきっとどんなことでも出来ると思えるような……。
私は愛されている、そして、愛している――、少女時代に憧れていた、愛に溢れた美しいアンの世界は、ずっと私の周りにありました。
それに気づくことが出来たしあわせに、そしてそれを私にもたらしてくれたすべての人に、今、私は心から感謝を伝えたい。
そして、このしあわせを、もし私にできるのならば世界中の人にあげたいなあと、思うのです。
もちろん、今、ご縁があってこのコラムを読んでくださったあなたにも……。
あなたの青い鳥は、あなたのすぐそばにいます。
それに気づいたとき、きっとあなたの目に映る世界は赤毛のアンの物語のように、美しさに満ち溢れていることでしょう。
私がそうだったように――。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

三枝 みき

家族や親子の問題、子育て、友人との関係など対人関係の問題や、罪悪感、自己否定など心や性格についての問題を得意とする。 長女の自傷と強迫性障害がきっかけでカウンセラーとなる。特に母子関係については、自身が母との問題、娘との問題の両方を経験しており、ライフワークとして取り組んでいる。