●Spring〜〜〜弾む。泉。春、命のあふれる時間〜〜〜

 英語で春は、Spring。
 辞書で引いて見ると、Springの意味は他に、「ばね」「弾む」そして
「泉」とあります。
枯れることのない泉に、命の息吹を思うんですよね、私。
 昔高校の授業で、国語の先生が春は張る=根が張る、が由来で、新たな生命
力を思わせる、と言うような話を聞いたこと『だけ』おぼえている私(笑)。
どんな単元だったのか、まったく覚えてないんですもん。そして、私の頭の中
は、こんなことだらけ。そして今に至る・・・。
 3月末で20年間勤めた仕事(神戸市の公立学校で事務のお仕事をしていたので
す)を辞め、物思う時間が増えたはずの私。家事をする時間が増えたはずの私
・・・。 う〜ん。体は確かに楽になったけど、1日カウンセリングできるよう
になったけど、時間の使い方はこの半月ほどで下手になったようにな気がします。
 そこで、今日は早起きっ!少しは片付けよう。午前中は外に出かけて、春を満
喫だぁっ!と決心。決めると早いのが私の常。片付けをして(・・・根本的には
することは山積なのだが)、ビン・缶・ペットボトルのゴミを出し(これがまた
結構あったりする。息子たちの消費量もある。先月は仕事にかまけて出すの忘れ
てたし。環境問題に取り組みたくても、本当に時間がなかった・・・なんて言い
訳はやめよう。今後の課題の一つにします。
)朝食を摂り、近隣の散策にでかけ
ることに。
 住居の周りのバス道は桜並木があり、とてもきれい。でも敢えて山の方へ。と
言っても山しかないない所ではなく、古い住宅街がある方を目指してみた。神戸
は山が多い。住宅も、結構な標高のところや、おぉっ!!というような立地条件
に建っていることも少なくなくて。震災の折には、一見崖の近くで地崩れしそう
なのに被害の少ない地域があって、どうやら岩盤が硬く、地震の波が海側(南)
から通って岩盤に突き当たり跳ね返って波の干渉が起こったエリアの被害がひど
かった、と言う話も聞いたな。
 傾斜を上がっていくと、桜の花の隙間から神戸の町並みが。夜はさぞかしきれ
いだろうな。新しい家、昔からの家、そして最近は老人保健施設やホスピス床の
ある病院などもこのエリアには本当に増えた。私の知る限り、このあたりの小学
校や中学校の児童・生徒数も減少傾向みだいだけど、最近の少子化から思うと特
別なことはないんだろうな、と思う。マンションも多くなったしな。
 ああ、人が住んでるんだ。生活してるんだ。午前中の、今までならデスクに向
かっていた時間帯のこと、行き違う人も少ないけれど。庭先に色とりどりの花が
植わっているのが何よりの証拠だ。なんて想いながら懐かしい通りも通ってみる。
 週に2〜3回は歩く時間を作ろう、と思ったのは、他でもなく自分の足を思う
から。今までは車頼りの(何と言っても時間が節約できる)歩く事も少ない生活。
私の足は、このままだと年々衰えていくことが必至だろうな、と思っているから。
 左足の膝の下に負傷してから40年を超える。当時3歳児だった私はきっとおてん
ばだったのだろう、遊びに来ていたいとこ達にからかわれるのに飽きて座りこん
だ。ところがそこは、回転展望台の手すりの下で、子供の足くらいしか入らない
わずかな隙間がある(実は数年前に見に行ったら簡単に金属の板でふさいであり、
子供さんにご注意ください、とあった)。見事に機械に巻き込まれた私の叫び声
に、母が駆け寄り私を引き上げてくれた記憶がある。その後おそらく相当期間の
入院や、手術を重ねたであろう私の足は、切断されるはずであったのにつながっ
ていて、私を支えてくれている。大切にしなければいけない、でも結構酷使して
きたな、本当に付き合いのよい親友や家族みたい。
 他の友達にできることをできないのが悔しい、のではなかった。自分にもでき
るはず、と私はいつも思っていたように思う。縄跳び、ゴム跳び、鉄棒、跳び箱、
マラソン。何でもしたかった。もちろんうまくはできなかった。でも仲間はずれ
にはならなかった。ただ、運動のできる友達とは自分は違う、といつも思ってい
た。
 低学年の頃は、そんなこともあって砂場でよく遊んでいた。思い出すと結構知
的な遊びをしていた、と思う、覚えているのは、テレビで見た櫁柑山への農薬散
布をテーマにした砂遊び(笑)。その時の遊び相手に、1月偶然再会した。32年
ぶりの再会。中学校は別だったからそれ以後逢うことはなくなったが、何かにつ
けて思う友達の一人だったので、今回の再会は願ってもないものだった。彼女の
歌声がとても魅力的で大好きだったのだけど、声が素敵なのは今も変わらずで、
そのことがとても嬉しかった。
 地元に住み続けている私は、近所を歩くだけでたくさんの思い出たちに触れら
れる。でも違う地域で仕事を続けている彼女はそうじゃない。彼女のふるさとみ
たいに私はなれるかな。と、思っていたのに、忙しさにかまけてメールの1本も
送っていなかった。反省。
 ぶらぶら歩くだけ。でも結構いけるな私の足、とも思う。左の足底が痛い。怪
我をしてから最後の手術を受け今のように歩けるようになるまで、外側に湾曲し
て尖足だったので、小指側は強いが親指の付け根が弱い。なので、すぐマメやタ
コができる。実は、自分で削って凌いでいたのだけど、どうやら限界のようだ。
ちゃんと処置してもらおう、と決心・・・したつもり(だって痛そうやもん・・
・)。実は左右に脚長差があることもわかり、この1年弱は装具で補高をしてい
る。そうしてみて初めて左の腰や背中への負担が相当だったことに気づいた。
 人間なんてそんなもんやなあ。ありがたみが当たり前すぎてわかりにくい。
 今は普通に歩ける。でも昔はそうじゃなかった。これから先は、わからない。
杖が要るようになるかもしれないし、独りでは歩けなくなるかもしれない。でも、
今のように歩くことができるかもしれない。
 そんなことを思ったら、右の腰が痛み出した。そうや、こっち側にはいつも負
担をかけてるよなあ。坂道をのぼりながら思っていたら、有床ホスピスとケアハ
ウスのある病院から若い女性が出てきた。見るとはなく表情を伺ってしまった自
分をちょっと責めた。彼女は心持ち振り向きながら、心を切り替えるように坂道
を下って行った。
 家族といたのかな。それともここは職場?詮索仕掛けて止めた。
―――桜が、とってもきれいだった。
 泉のように限りのない命を思います。
その一方で、限りのある命も思います。
 自分の時間の制限が少なくなったとたん、締め切りを守れなくなった自分のこ
とも思います。
いつもあるからこそわかりにくいものだらけだなあ・・・、と。
 人の命ってなんだろう。一人一人の時間をもっと大切にできたらいいのに。
 春霞のような私の頭はそれでもそんなことを思います。
 

この記事を書いたカウンセラー