写真を撮ってもらう、という贅沢

贅沢をする、と聞くとどう感じますか。
お吸い物のCMで「贅沢しちゃった」という台詞がありますが、もしも贅沢をすることについて何だか後ろめたいように感じるとしたら、贅沢をすることを遠ざけてしまいそうですよね。

私のプロフィール写真を写真館で撮ってもらいました。
その時感じたことです。
そう言えば写真館で写真を撮ってもらうって、ずいぶん久しぶりだなと思いました。
写真を撮ってもらうほど特別大きなイベントもなく、だいたい写真なんて今どきスマホで簡単に撮れる。
写真館の存在にも関心がなくいつもは素通りしていました。

カメラの前に座ると、姿勢を直すよう指示されました。
姿勢が若干前屈みになってたみたいで、ああ、普段から姿勢には気をつけてるつもりでも、他人から見たら前屈みになってたんだなぁなんて思いながら撮影が始まりました。

緊張で硬い表情だったんでしょうね。
何とか笑わせようとするカメラマンにつられ、でも、笑うと目が細くなってしまうらしく、「大きな目を意識してね~」等と言われながら、穏やかな時間のなかで撮影してもらいました。

芸能人でもない一般人の私が、カメラの前に立って、笑って~とか今度は別の角度で撮ってみようとか指示されることもなかなかないよなぁ、なんてふと考えたとき、「今ってもしかして贅沢な時間を過ごしてるのかな?」と思ったのです。
なぜそう思ったのだろうか?
もしかしたら、その人の一番いい表情を見つけて写真を撮ってくれるから?

でも、思い返してみると、写真撮影の予約をするときから、贅沢な時間は始まっていたのかもなと思いました。
どんな服にしようかと店を回ったり、行きつけの美容室では、写真を撮るからこんな風にカットしてほしいとお願いをしたり。
ちょこっと特別な準備というか、子供の頃の遠足のお菓子を買いに行くような感覚に似てるのかもしれません。

最近は撮影した写真はすぐにパソコンで確認できるのですね。
そんなことも知らなかったくらい写真館とはご無沙汰だったようです。
見せてもらった写真は、当然ですが画質がとてもきれいで丁寧に撮影してもらった気がしました。
贅沢な時間とは、おもてなしを受けてるような感じなのかな。

贅沢…というと、高価な物を買うことかなと思ってたんですが、まあ今回はお金を払って写真を撮ってもらうわけだから、金銭的にも贅沢をした感はありますが、贅沢な「時間」を過ごしてるなぁという感じ。
そんな風に感じることが出来た自分に、ちょっとした驚きがありました。

自分のことが嫌いだった頃には、贅沢は敵だ、みたいに思ってた気がします。
そんなことをしたら罰が当たるような、こんな悪い子の私は贅沢なんかしちゃいけない、贅沢なんかしたら責められると思っていたようです。
もしかしたら贅沢な時間はあったかもしれないけど、私が感じられなかったのかもなと思いました。

贅沢な時間だと感じられるようになったのはきっと、少しずつ自分に寄り添ってあげた結果だろうなと思います。
長くなるのでここでは割愛しますが、たとえば対人関係が上手くいかず失敗ばかりして、そんな自分がどうしても許せなかったけど、そうせざるを得なかった、仕方がなかったんだと何度も自分を肯定してあげた、そんな積み重ねの結果ではないかと思いました。
だから努力が実を結んだと思ったのかな。
「ああ、贅沢な時間かもな」って思えたこと自体が何だか嬉しかったのです。

それに、写真を撮ってもらってるあいだは、仕事のこともいま抱えている悩み事のことも、なーんにも考えてませんでした。
贅沢な時間とはたぶん、癒やされると感じたり、ちょっと自分の気持ちが上向きになるとか、心地いいとか、満たされるようなとか、そんな時間のことなんじゃないかと思いました。

しんどいときって区切りがない気がします。
ずっと悩んでる感じ。気持ちをリセットするためにも、贅沢な時間を取り入れて行きたいなと思います。
とはいえ、さすがに写真館での撮影は頻繁に出来る金額ではありません。
これからも自分の気持ちに注目して、贅沢な時間だと感じられるものを他にも見つけていきたいなと思います。

今年の夏には主人が還暦を迎えます。
その写真館には、赤いちゃんちゃんこの代わりに、赤いおしゃれな帽子があってレンタルしてくれるとのこと。
コロナもあってなかなか会えなかった家族と贅沢な時間を共有したい、素敵な一枚を撮ろうと既に計画しているのです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

対人関係、自分を好きになれない、人の目が気になる等の自己の問題。 母娘関係、家族関係などが得意である。親との関係や対人関係などで悩んだ 自身の経験から学んだことを活かし、感覚的で一緒に考え提案していくスタイルが得意である。母性的で柔らかい雰囲気のカウンセリングには定評がある。