ハートをオープンに

4月になると思い出す、今でも気恥ずかしく感じることがあります。
心理学を学び始めたころに参加した、母校の「基礎集中講座」でのことです。

自己紹介で自分の番が回ってきたとき、緊張と恥ずかしさで半分泣きそうになりながら、なんとか言えた言葉がありました。
「ようちゃんと呼んでください」
私のチャレンジの始まりでした。

カウンセラー養成コースに入り友達が増えてくると、人見知りで自分からはなかなか近づけないくせに、「ようこさん」と言われると距離を感じ、寂しさを感じている私がいました。

幼いときの私は、母に抱っこされている妹をいつも離れて見ていました。
母は病気の妹につきっきりで、私は「お姉ちゃんなんだから」と言われ我慢することがとても多かったんです。 
妹は両親から名前で呼ばれているのに、私が呼ばれていたのは「お姉ちゃん」。
「お姉ちゃん」という呼び名に両親から期待されたいい子の役割を感じて、自分のしたいこと、言いたいことは我慢するのが当たり前になりました。

たまに両親が「ようちゃん」と呼んでくれるのがすごく嬉しくて、その時は近づくことを許されるような、愛されているのを感じられていたんだと思います。
私はいい子でいれば愛される、でも普段は家族の中で寂しさを感じていました。

ヒーリングワークという大人数で行われるセラピーや講座でわいわいと楽しそうにしている仲間を目にするうちに、私もみんなに近づきたい、もっと仲良くなりたいと思うようになりましたが、子どものころからの家族の距離を仲間に映し出し、自分から心を開いて近づくことがすごく怖かったんです。

「自己紹介するときに、ようちゃんって呼んでって言っちゃえばいいんじゃない?」と友人に言われましたが、
「そんなの絶対に無理!」と受け入れることはできませんでした。
いい歳をしてこの私がそんなこと言ったら、絶対にひかれると思ったからです。

おまけに東京地区には、すでに「ようちゃん」と呼ばれている人気の先輩カウンセラーがいました。
私なんかがようちゃんと呼ばれたいだなんて、差し出がましいのでは。
自信がまるでない私は、何もしないうちからあきらめようとしていたんです。

そのころの私は、我慢した自分の気持ちを押し隠すように、黒い服ばかり着ていました。
ずっと我慢して自分の気持ちに遠慮をさせて、黒い鎧で隠し続けることに、もう疲れちゃったんです。

でもやっぱり、自分で心に着せた鎧から解放されたい。
自分の本当の気持ちを誤魔化さないで、遠慮させないで、いい加減自分を解放してあげようと決めたんです。

それから、恥ずかしすぎて変な汗をかきながら「ようちゃんと呼んでください」と伝えるチャレンジが始まりました。
言うたびに、顔はひきつり怖くて涙が出そうでした。

結果は思いがけないものでした。
みんなはすぐに「ようちゃん」とやさしく私のことを呼んでくれたんです。
「ようちゃんと呼んでくださいって言っているようちゃんを見るのが好き」と、笑って言ってくれる人まで現れました。

この私をみんなは喜ばせようとしてくれる、もしかしてこれって私を愛そうとしてくれているということなのかもしれない、と気づき始めたんです。

おそるおそる参加していたヒーリングワークや講座でしたが、気がつけばたくさんの人が「ようちゃん」と呼んでくれるようになっていました。

こんな日が来るなんて!
そう呼んでもらえる喜びは、安心感や居心地の良さにつながっていきました。

私は受け入れてもらえている、なんか大丈夫かも、と感じられるようになると、黒い服を着ることが減っていき、きれいな色の服にチャレンジすることが増えました。
自分を表現するってこういうことなんだ、ドキドキするけど楽しい!

自分の気持ちを遠慮しないで解放してあげる、勇気を出してハートをオープンにしてあげることで、そこから親密感や安心感、自分を表現する楽しさ、いろんなものが入ってきたんです。

「ようちゃんと呼んでください」チャレンジは、今では恥ずかしさを超えて私の方から距離を縮めるチャレンジに変わりました。

もしあなたが我慢ばかりして自分の思いを解放してあげられていないとしたら、小さなことからチャレンジしてみてはどうでしょうか。
あなたが周りからのやさしさや愛に気づけるようになると、あなたの世界はきっと変わっていくと思います。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

まえじまようこ

「私にはなんの魅力も価値もない」と自己嫌悪し、自分を隠してきた生きづらさを乗り越えたことから、お客さまの中に隠れている魅力や才能を引き出し、本来の自分らしさを取り戻すことを大切にしている。 やわらかな雰囲気を持ち、どんなことでもやさしく受けとめてもらえた、前向きになれる、と好評である。