障害があることと親の関係、今後の人生について

相談者名
S
私は未熟児で生まれました。
そのため手足に身体障害があり、昨年検査をし障害者手帳も取りました(5級)。
それから整体に通い始め、足を良くするよう努めています。
大学を卒業後、非正規雇用で働いております。
大学の時は就職活動をしていません。
その当時は自分に何が向いているのか分からなかったからです。
大学時代からのアルバイトをずっと続けていて、現在28歳です。

そんな私にも夢が見つかりました。
学校の先生になることです。
今は、通信教育の大学に入り直し、教員免許取得を目指しています。
採用試験にも障害者雇用枠があり、チャンスはあると思っています。

しかし、親からは早く働け(正社員就職)と言われています。
同級生はみな正社員になっているから、です。
いつまでも親のすねをかじっていて「目障り」なのだそうです。

しかし私には障害があります。
「他の人には障害はないでしょう?同じように比べるの?」と言うと、中高時代リハビリして来なかったお前が悪い、と言われます。
親は、障害は小さく産んだ私達親のせいでない。お前のせいだ。親の私は幼少期にきちんと検査やリハビリに連れて行った。熱心にやらなかったお前が悪い、という意見のようです。
「車の免許もないし、どうせ教員になっても障害者はお荷物になるから無理(採用事例がそう多くないので)だよ」と言われます(実習には行く予定ですし、採用試験も受けるつもりです)。

身体障害者手帳取得は、教員を目指すにあたって、障害に関して見つめなおしてよく把握し、簡単にでも説明できるようにしておくことがねらいでした。
しかし、今後のことについて、障害という現実を踏まえ親とも話し合う機会になれば良いとも思っていました。
それだけに、「障害は自己責任」「目障り」「障害者はお荷物」という発言、非常に心苦しく、障害を持つ身として怒りを覚える発言です。
息子が障害を持っている、という現実を見たくない、かのようです。
私は現実的に障害と向き合い「整体での治療」「出来る範囲でのスポーツによるリハビリ」「障害者雇用枠での教員採用試験受験」など、障害があるなりにいろいろ考えて出来ることをやっているつもりなのですが、それもほぼ全部否定してきます。
どうしてそのようなことを言うのでしょうね。

親との関係や、今後の人生について、私はどうしていけばよいのでしょうか?

カウンセラー
大谷常緑
Sさん、こんにちは。
初めまして。
ご相談を担当させていただく大谷です。
よろしくお願いします。

夢をお持ちになれたことはとても素晴らしいことですね!
私たちが何のために生まれてきたかと考えてみると、それは、人生という“旅”を楽しむために生まれてきたのではないかと私は思っています。
生物として生き残る、遺伝子を残す、といった生物としての目的もあるとは思いますが、私たちが心を持ち、知恵を持った意味は、単に生物的な意味合いだけにはとどまっていないのではないかと思うのです。
人々が旅をする目的は、自然を愛でたり、知的好奇心を満足させたり、心を豊かにしたりなどして楽しむためではないでしょうか?
人生を旅になぞらえるならば、同様にその目的は楽しむためではないかと思います。
夢はその人生という旅の目的(マイルストーン)です。
旅に張り合いを与え、イキイキとした人生を送るためにはぜひ大切にしていただきたいと思います。
またたとえ、一度持った夢がかなわなかったとしても、その夢に執着さえしなければ新しい夢が必ず生まれます。
なぜならば、執着は両手でそれにしがみついている状態で周りが見えていない状態ですが、私たちの心は本質的には「空虚」を嫌いますから、執着がない状態では周りが見え、次の夢を持つように心が働くのです。
ぜひ、今ご自分の抱かれている夢の実現に向かって進んでください。
ご両親に遠慮されることなく、ご自分がやりたいようにされること、これがSさんの人生にとってはとても大切なのではないか、と思います。

さて、とはいえSさんには直面されている問題(課題)があるわけです。
それは、ご両親との関係です。
この問題は、Sさんがご自身に対して心の奥で抱いている「不十分な人間」という自責の念と、ご両親に対して抱いているある種の神格化(理想化)が原因になっています。

ご相談内容から感じることは、ご両親が、Sさんが障害をお持ちになって生まれてこられたことに対する自責の念やその後の育て方に対する自責の念を未だ強くお持ちだということです。
「障害は自己責任」「目障り」「障害者はお荷物」というような言動は、「自分が悪い」ということを認めたくない時に相手に対してそのような言葉で攻撃することにより、自責の念を感じたくなくて済むからです。
例えば、仕事でも何でもよいのですが、何か重大なミスを犯したときに自責の念があると「〇〇がちゃんと伝えなかったからだ」とか「体調が思わしくなかったからだ」と誰かや何かのせいにして自分が悪いということを感じないように防衛しますね。
それは自責の念が強ければ強いほどそうなります。
なぜならば、自責の念をあまりにも強く感じてしまうと、自分が潰れてしまうからです。
ご両親はそのような状態で防衛をされているのであり、それは一般的に私たち人間の心の働きです。
ここで、ご両親を理想的な人間だとみてしまうと「そんなこと言うなんて・・・酷い」という思いに至ってしまうのですが、ご両親は決して理想的な人間ではなく、更に言えば神様でもありません。
そのような言葉を投げかけられるとSさんの心が痛むことはよく理解できますが、ここは心の中で「両親は自分自身を責めているのだな。それを防衛する反応なのだな」と人間として認めてあげられるといいのではないかと思います。

次にSさんの心の中にある「不十分な人間」という自責の念です。
障害を持って生まれてこられたこと、他人との違い、周囲の目など、小さい頃から様々な体験をされ、傷つかれたこともあったのではないでしょうか。
実は、人が傷つくのは、人から言われたことや出来事によるものではありません。
人が傷つくのは、自分の心の中にある「自責」や自分自身に対する「疑い」が原因なのです。
例えば、全く太ってない人に「デブ」と言ってもそのことでは傷つきません。
しかし太っていてそれを気にしている人(ダメかなぁと思っていたり)する人が誰かから「デブ」と言われてそのことで傷つくのです。
ということは、自分以外からのキッカケはあるにせよ、自分の心の中にあるものが反応して傷つくわけです。
Sさんがご両親から言われた「障害は自己責任」「目障り」「障害者はお荷物」は確かにひどい言葉ですが、実はそのような思いがSさんの心のどこかに潜んでいたというのも事実です。
障害はSさんのせいではなく、もちろんご両親のせいでもありません。
ご自身の中で障害を使ってご自身を責めることを先ずは止めて見られることです。
本当の意味で受け入れてしまうことです。

ご両親を理解して許し、ご自身を認めて許すことにより、今目の前にある問題は本質的な部分から解けていきます。
そして、Sさんのその姿勢が、時間が少しかかるかもしれませんがご両親とのより深い心の結びつきを生むのではないかと思います。
そのことに、おそらくSさんは心のどこかで気がついておられるのではないでしょうか。

ご自分の人生です。
親の為の人生ではありません。
自分でこうだと決めたら、ご自身の責任において前に進まれることを願っています。

回答がお役に立てれば幸甚です。
ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。