人生の食わず嫌いだった私

いつの頃からでしょう。『この世界を、自分の好きな物、好きな人、好きな事で満たしたいっ!』そう思うようになったのは。
1つでも多く、この地球上にある「大好き」を増やして生きていく。
私は、人生のどこかの時点で、そう決意したように思います。

幸せになる方法は沢山ありますが「世界中の好き!を探し、増やす」って、単純明快で簡単に幸せになれる方法なのではないかと私は睨んでいます。

昔、カウンセラーに自分の好きな物を年齢×10個探して手帳に書いておく、という宿題を出されたことがあります。
今36歳の私なら360個です。
なかなかの数ですが、私は書けます。
なんせ「好きなものハンター」ですから。
70歳になった時にやってみて余裕で700個書ける70歳を目指しています。
コロナ渦の去年は「人狼ゲームを見る」という新しい趣味が増え、毎晩夫婦でゲーム観戦を楽しんでいます。

そんな私ですが子供の頃の私はとにかくこだわりが強くてとても頑固。
好き嫌いがハッキリしていて、嫌いなものには見向きもしませんでした。
でも、大人になるにつれて、その「嫌い」が「食わず嫌いだった」という事を沢山経験しました。

その1つが野球。好きなアニメの放送が野球放送でお休みになったり、録画していた番組が野球放送の延長で撮れていなかった事などから野球を毛嫌いして、野球の文句や悪口を言いまくっていたのですが・・・
それから十年後、私は甲子園球場で優勝の胴上げを見ながら「人生で一番最高の日や」と涙するほどの野球ファンになっていました(笑)

また、関西に住んでいたにも関わらず私は「お笑い」というものが嫌いでした。
友達が「吉本新喜劇があるから急いで家に帰ろ~♪」と走って帰るなか、私は「うるさいだけ。何が面白いのかわからない」と言い放つ、冷めた可愛くない子供でした。
しかし今、私はお笑い番組や賞レースを愛し、お笑い芸人さんをリスペクトしています。

思えば、子供の頃の私は寂しさや満たされなさが常にあって、不平不満にばかり目が行っていたんだと思います。
「こんなの、つまらないに決まってる」
「こんな事程度で私は笑わないぞ」
そんな頑固な思考に鍵をかけてロックしていました。

きっと心の深いところで「何か新しい良いもの」を自分が受け取る事を怖れていたんだと思います。

野球を好きになって私は球場での人と人との一体感、共に悔しがり共に喜べる楽しさを知り、お笑い好きになってから、芸人さんが「人を笑顔にしたい」と全力で頑張る姿を素直に楽しみ笑えるようになりました。

心理学を学び自分の心を楽にしていくたびに、食わず嫌いも「とりあえず食べてみよう」という心の柔軟性が出てきました。
最近の私のは競馬だろうが地政学だろうが誰かが楽しそうに夢中で語っていると、すぐに興味を持ってしまいます。
「それの面白さ、まだ私が知らないだけなんじゃないか」と思うからです。

「この人はきっと、こんな人」という思考ロック。
「自分にはあんな事できない」という思考ロック。
「あれは、きっとつまらない」という思考ロック。
それらはあなたの住む世界を小さくつまらなくしてしまう可能性があります。

「世界はあなたをもっと喜ばせたいんだよ」と当社の代表はよく言っていますが、本当にそうなんだなぁと気づけたのは最近かもしれません。
ミュージシャンは音楽で。料理人は料理で。「あなたの心を動かそう。あなたの心に響く何かを作ろう」と、してくれています。
その1つ1つを味わって、楽しんでみるのもいいかもしれません。

コロナ渦での生活が長引いていますが、そんな今だからこそ「どこにも行けない」「誰にも会えない」「何もできないのだ」と思考ロックせず、新しい興味の幅を広げてみられてはいかがでしょうか。

コロナのおかげで知り得た人狼ゲームで「えええ!!」と大ドンデン返しに盛大に盛り上がっている私達夫婦は、魅せてくれている人狼プレーヤーさん達に感謝と尊敬が止まりません。
また1つ、この世界に大好きなものが増えました。

このコロナ渦の生活を今まで眼中になかった新しい物、面白い物を受け取れるチャンスと捉えてみるのもいいかもしれませんよ。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

梅野 愛美

温かくフレンドリーで近づきやすい雰囲気を持つ。カウンセラーという垣根が低く「昔からの友達みたい」「元気になれる」と定評がある。両親の離婚と再婚、家族を失った経験を持ち、生きづらさを克服してきたことから、どんなお話もまるっと受容し、安心や希望を感じていただく事を大切にしている。