才能の見つけ方~母と私と100冊の料理本

みなさんは料理を作るとき、つくり方を調べますか?

私の本棚にはたくさんの料理本が並んでいました。
100冊くらいあったと思います。

「お料理好きなんですね。」と思われるでしょうね。
「いいえ。私は料理好きではありませんでした。」

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母は私が16歳の時に他界しました。
それからは、家族の食事を作ることは私の仕事になりました。

でも、
お米って何合炊けばいいの?
お水はどのくらい入れたらいいの?
炊飯器のスイッチを押したけど、いつできるの?
高校生の私にはわからないことだらけ。

分からなすぎて、誰かに聞くこともできない。
父に聞いても、当然わからない。
まだ、インターネットがない時代。
「さっぱりわからないや。どうしよう?」

お母さん料理の本持ってなかったっけ?
NHKの『きょうの料理』みたいな本が数冊。
レシピ本って、いろんなことが書いてあるんだね。

書いたある通りに作ってみたけど、ちゃんとできているのかどうかは、わからない。

「これでいいのかな? どうなんだろう?」

本屋さんで料理本を見ると、
「あ、知らないことが書いてる。」
「この本には違う作り方が書いてある。」
つい、買ってしまう。

『正解』が知りたいから、料理本が増えていく。
でも、『正解』かどうかは、わからない。
「これでいいでいいのかな?」って思う。

ところで、『正解』って?

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料理が好きなわけではなかったけれど、

20歳の頃、
「家庭料理を教えてくれる料理教室を紹介してください。」
と、お願いして当時80歳くらいの先生が教えておられる料理教室に3年通いました。

栄養士の免許も取りました。

料理好きではないのに、どうして?

私は母に料理を教えてもらったことがありませんでした。
娘が母に必ず料理を教わるわけではないと思うけれど。

私には料理を教えてくれる母がいないということに、とてもコンプレックスを感じていたのです。

どんどん増える料理の本は母から教わりたかったこと。
コンプレックスを埋めるために、『正解』を見つけるために。

いつの間にか、料理の本は100冊以上になっていたのです。

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でも、100冊あっても『足りない』と感じていました。
きっと、200冊に増えても『足りない』と感じたでしょう。

それくらい、母とういう存在は私にとって大きかったということだと、今なら素直に思えます。

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私にとって、食事を作ることは母の存在を感じることだったようです。

料理をしているとき、無意識に私は母との間の葛藤を感じていたのです。
母がいない悲しみ、母への憎しみ、母に対してしてあげられなかったこと、申し訳ない気持ち、そしてたくさんの後悔。
私が母に対して感じていた複雑な気持ちを食事を作るときに感じていたのです。

だから、私は料理をすることが好きではない、といつも感じていたのです。

でも、母との間にある葛藤を癒していくことで、母に対する気持ちが変わっていくと、料理をすることが、自然に嫌ではなくなっていったのです。
だんだんと、料理をすることが楽しめるようになっていきました。

40歳の頃、料理教室の講師をしていたことがあります。
実は、私は料理が大好きだったのです。

コンプレックスを解消するために必死でもがいているうちに料理の腕は自然とあがっていたようです。

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ココロに傷があると、好きなものを素直に好きだと感じられないことがあります。

ココロの傷を癒すことで、嫌いだったものが好きなものに変わることがあります。

自分のココロと向き合うこととで、自分の中にある思わぬ才能と出会うこともあるのです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

岡田 えりこ

家族を失った悲しみを乗り越えた経験や、燃え尽き症候群を克服し社会復帰した経験を持ち、<生死の問題><自分自身の生き方><対人関係から恋愛の問題>まで幅広いジャンルをサポートする。 感情や感覚の深い部分に寄り添い、本来の自分を取り戻して笑顔になれるようにサポートすることを信条としている。