家族の厄介者の祖母が、家族の救世主に変わった!?

カウンセリングサービス、セラピスト・心理カウンセラーの高塚早苗です。
自分の物事の捉え方や、視点が変わると、今まで思っていた状況が、全く違う捉え方になり、全く違う視点になります。

今回は、家族の厄介者の祖母が、家族の救世主に変わったお話です。

祖母は、4年前に亡くなっています。
ですから祖母が、私に何かをしてくれたから、私の捉え方や視点が変わったのではありません。
私自身の祖母に対する捉え方や、視点が変わり祖母の存在は、我が家に必要な存在だったんだなと、思えたお話です。

私の祖母は、私の祖父の後妻として、我が家に嫁いできました。
祖父の先妻が、体調を崩し、父が7歳、叔母が5歳、もう一人の叔母が2歳になるかならない頃に亡くなり、祖母が我が家に嫁いできたそうです。
祖母は、意地悪な義母で、叔母は小学校に入る前には、自分の洗濯物は、自分で洗濯していたそうです。
何故なら、祖母が叔母の洗濯物を洗わなかったからです。
それは躾の一環としてではなく、わざと洗わなかったと、叔母は私に話していました。
一事が万事ですから、私に話さなくても、もっと沢山意地悪な事をされていたのかなと、私は想像します。
早くに実母を亡くした父達、早くに妻を亡くした祖父、後妻にきた祖母は意地悪、そのような話を聞くと、父達がとても可哀そうに思う私がいました。
私は、幼いながらに、父達を救いたい、どうにかして心を安らげたい、そのような思いを抱いていた、今ならわかる自分自身の気持ちがあります。
救いたいのに、救えない思いは「罪悪感」と言います。
しなかった、出来なかった後悔ですね。

私が高校生の頃、祖母が胆石になり手術した事があります。
手術は無事成功したのですが、父がガンでなくてよかったと話している事を、祖母が聞き違えて自分は、ガンなんだと、思いこんだ出来事がありました。
自分がガンなんだと思い込んだ祖母は、家で狂ったように暴言を吐き、狂ったように夜中家の中を徘徊していました。
どのような暴言を吐いていたのか、記憶が確かではありませんが
「どうせ死ねばいいんだろうと、思っているんだろう」
そのような言葉を常に、言っていたような記憶があります。
夜中の徘徊も、隠れて自分の事を何か言っているのではないかと、気になっての行動だったのかなと思います。
母は祖母の言動に耐え切れなくなり、実家に一時避難していました。
私は高校生で、部活動に励む事で、事実から逃げるようにしており、気にしないように、気持ちを抑えていました。

祖母のエピソードなどから、祖母の性格を考えると、とても心配性で繊細な女性だったのかなと、今なら思えます。
祖母は、自己嫌悪も強く、自分は良くないもの、存在として捉えていたのかなと、思ったりもしています。

みずがきひろみカウンセラーの著書に、「母の呪縛をといてありえないほど幸福になる方法」があります。
その中に、何人かの方のケースを載せてある章があります。
「母の優しさ、強さを誇りに思いたかった」というSさんのケースの事例を読んだ時に、はっとする思いが湧き上がりました。
それは、祖母の存在に、父達が救われていたのかもしれないなぁと言う思いです。

Sさんのケースは、母に対する恨みがあり、父をもっと支えて欲しかった思いがあり、尊敬できる母であって欲しいと思っていた。
けれども、尊敬出来ずに苦しんでいた、そのような内容です。
Sさんの父は、事業の経営者で、劣等感が強いタイプで、母に苛立ちをぶつけていたそうです。
本来Sさんの母は、父を助けるべき存在なのに、面倒を見てもらう事ばかりしていたように、Sさんは見えたそうです。
Sさん自身、心の内面を学ぶうちに、自分の母の良い面、家族のヒエラルキーの最下層を引き受ける強さだったと気が付いた文が、ありました。
そうする理解する事で、母を尊敬し、母に対する感謝が出てきたと、書いてありました。
私は、Sさんのケースを読んだ時に、祖母も家族のヒエラルキーの最下層をもしかしたら、引き受けていたのかなと、思ったんですね。

祖母は、意地悪な言動をする事で、父達に自分に対しての怒りを、向けさせていたように思ったのです。
それは、母を亡くした悲しみ、妻を亡くした悲しみを、祖母自身が自分に対する怒りを向けさせる事で、父達が悲しみを感じなくて済んでいたように、私は思えたのです。
祖母に自覚があったかはわかりません、むしろ無自覚であったと思います。
でも祖母の存在がある事で、父や祖父、叔母たちは悲しみが軽減していた、そのように捉える事も出来るのかなと、私は思ったのです。
悲しみの気持ちは、出来る事なら感じずに、過ごしていきたいと、人は思う傾向が強いです。
激しい怒りは、悲しみの気持ちを感じなくさせる為の術にも、なりえるのかなと思ったんですね。

交通事故などで、加害者、被害者の立場になる場合がありますよね。
事故を起こしてしまった側が加害者になり、事故を起こされた側が被害者になります。
被害者側が、加害者に対して怒りを感じ、怒りを加害者側に向ける事で、悲しみを感じなくて済んでいる、そのような状況と、祖母と父達の状況が重なるように思いました。

家族を救う形としては、祖母の言動は、如何なものかなと、思いますが、父達の悲しみを軽減していたように思うと、私は
「おばあちゃん、ありがとう」
そのように思えるのです。

祖母に対する感謝を思う事で、不思議なのですが、私の家族を救えなかった思い(罪悪感)が軽減した事実もあります。
私が家族を救えなかった思い(罪悪感)が軽減した事で、私は自分を大切に出来る思いが増えたんです。

貴方自身も、何か物事の視点を変える事で、捉え方が変えられる出来事は、あるのではないでしょうか?

家族の厄介者の祖母、でも実は我が家、家族の救世主に祖母が変わった、祖母への私の見方が変わったお話でした。
最後まで、お読みくださりまして、ありがとうございます。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

高塚 早苗

恋愛、人間関係全般のカウンセリングを得意とし、安心感と受容をクライアントに常に提供し、何でも話せると好評。より楽に心が軽くなるカウンセリング。感受性が高くクライアント本来の輝きを導き出すことも得意。カウンセリング信条は「諦めなければ願いは必ず叶う」である。