周りは敵ばっかりと感じてしまう 〜あなたの愛に出会ってみませんか〜

 カウンセリングをしていると「周りは敵ばっかりって感じます」ってお話しをお聞きすることがあります。
 そして、そうお話ししてくださる時の表情は、ご自身で意識していないかもしれませんが、表情が本当に寂しそうだったり、とても苦しそうだったりして「本当に辛かったんだな」と私も涙してしまうことも少なくありません。
 それに私自身も、そう感じていたことがあったなって懐かしく思い出すんです。

 私は小学校時代をずっといじめられて過ごしました。
 いじめがなくなってからも、その時に感じた人への怖さや不信感は長く残っていましたし、「もういじめられたくない。だから誰にも何もされないようなちゃんとした人にならないと」って頑張っていました。
 でも、学校でもバイトでもどんなに頑張っても、友達といても、そこで自分が受け入れられている気が全くしないんです。

 何より苦しかったのは、出会う人すべてを「敵なのか」「敵じゃないのか」と判断するようになってしまって、敵に囲まれていると感じてしまうことでした。
 そして敵だったらと疑ってしまう分、友達にもなかなか自分の心の内を話せなくて寂しかったり、バイト先で上司に注意されたりするとものすごく責められたような気がして、相手のことも大嫌いになってしまったりしていました。
 人間なのに、心はかなり警戒心いっぱいの野良猫のような状態になっていたんです。

 けれど、今はとなっては、あの時の私が本当に苦しかったのは敵に囲まれていたからじゃないとわかるんですよね。

 「愛」がない。
 自分の中にも、相手の中にも愛なんて見つからない。
 もう誰とも信頼して心から繋がることなんてできない、私は独りぼっちなんだ。
 そう感じるようになってしまったことが苦しかった。

 心理学では「人は愛すること」に喜びを感じる生き物だと言われます。
 確かに、愛されたいとも思うけれど誰も愛せないと感じてしまうことも私は自分の体験からとても苦しいってわかるんです。

 周りが敵のように感じてしまう時、私達はそれだけ傷ついたと感じたことがあったからでもありますが、同時に「敵」と感じると言うことは、それだけ「みんな味方」と感じていた時代があって、その時の自分は目の前の誰かに素直に愛情を表現できていたのかもしれません。
 でも辛いことがあると、その時代にあった愛情や嬉しかったことを忘れてしまったりするんですよね。
 私も、いじめの前にあった家族や友達との繋がりや愛情をどこかですっかりなかったことにしてしまっていました。

 心理学を学び始めてから、私はもう一度平和な世界に自分を置いてみたくて、目の前の人を愛することを選択していきました。
 
 もちろん、最初は過去の記憶からくる「また裏切られるかも」って怖さや不安もありました。
 だって、また傷つきたくないですから。
 でも、もう自分を独りぼっちにしないために、まずは出会う人や身近にいて近づきやすい人を「敵」という眼差しで見るのではなく「どんな人なんだろう?」って、目の前の人自身に興味を持つことから始めてみたんです。
「この人はどんな人なんだろう?」
「この人の良いところはどこなんだろう?」
 そんなふうに思いながら、まずは「敵」だって見ている世界から視点を変えていきました。

 そうしたら、不思議と「あれ?この人も私と同じように頑張ってきた人なのかな」と感じて共感できたり「とっても素敵な人だな」と感じて近づいてみたいと思う人が出てきたんですよね。
「じゃあ、どんなふうに接してあげたら相手は喜ぶんだろう」
「もっと笑顔で一緒にいられるにはどうしようかな」
 そんなふうに思える人が、周りに一人、二人と増えてきた時、「敵ばかりの世界」から私は少しずつ「もう一度、愛したい人がいる世界」に自分の心を変化させることができました。

 それは、愛がないって思いこんでいたけれど、もう一度、自分や誰かの愛に出会えた瞬間だったんだと思います。
 もちろん、「何度もやってきたけれど・・・」って方もいらっしゃるかもしれません。
 でも、だからこそ、何度でも人を信じようとする真っすぐなあなたの愛を誰かに知って欲しい、そうじゃないとあなた自身が勿体ないと私は思います。
 
 敵ばかりから、あなたの愛、誰かの愛にもう一度、出会いに行ってみませんか。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大麻 織江

お客様からは「話していて安心できる」「気持ちが落ち着く、整理できる」と定評がある。自身の過去のいじめから来る対人恐怖(男性恐怖)、過食症を克服した経験を持ち、繊細な感受性でお客様ひとりひとりの心に寄り添い、どんな時もお客様の魅力と光を見続けるカウンセリングを心情としている。