「悪いことをしてしまった」罪悪感~自分が許せない~

例えば、自分を大切に思う人たちのために幸せを選択する

自分が悪いことをしてしまったという罪悪感があると、自動的に自分を責め、喜びや楽しさを感じることや、幸せになることを自分に許せなくなります。自分は罰せられるべきだと我慢を重ねたり、自暴自棄になったり、イライラしたり、うまくいかないことが多くなります。「してしまった」罪悪感は、誰かに話して心の重荷をおろす、自分を大切に思ってくれる人たちのために幸せを選択するなどに取り組むことで、許しを感じられるでしょう。

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●罪悪感とは

罪悪感とは、「自分が悪い」「申し訳ない」「自分のせい」などと感じる感情です。

これには、もれなく「自分は罰せられるべきだ」「自分は償わなければならない」という発想がついてきます。意志とは無関係に、心が自動的に自分を責めてしまう状態です。

そして、罪悪感があると、嬉しい・楽しい・愛されていい・喜びなどを感じてはいけないと、自分が幸せになることを許せなくなります。

●「してしまった」の罪悪感

罪悪感にはいくつか種類があるのですが、ここでは「悪いことをしてしまった」と感じる罪悪感について書きます。

例えば、誰かを裏切った、ひどいことを言った、意地悪をした、無視をした、傷つけた、事故に巻き込んだ、浮気をした、仕事でミスをした…など、「私は良くないことをした」と罪悪感の理由がハッキリしている場合、そのことで自分を責めるでしょう。

「取り返しのつかないことをしてしまった」「自分がしたことは許されるはずがない」などと、そのことを理由に自分を幸せから遠ざけます。

そして、それは「簡単に許されるものではない」と感じて、「誰にも言えない」と一人で抱えることが多いようです。人によっては、「墓場まで持っていく」と決意している方もいらっしゃいます。

がまんして、あきらめて。がまんして、あきらめて。まるで自分を生きたまま殺すような、終わりのない絶望、希望のない暗闇の感覚かもしれません。

たとえ、心のどこかで幸せになりたい気持ちがあったとしても、「自分には幸せになる資格はない」と自分自身を抑え込んでいるとしたら、それは苦しいでしょう。

時には、希望が見いだせないぶん、自暴自棄になることだってあるでしょう。自分が我慢しているぶん、人に対してイライラが止まらなくなることだってあるでしょう。そしてまた、そんな自分を責めて、その繰り返しだとしたら、どれほどしんどいでしょう。

罪悪感があると、心の状態としては、「自分は責められるのにふさわしい」と誤解しています。そのため、いろんな出来事が自分に罰を当てる出来事のように思えます。また、周囲から善意で言われたことですら、自分を攻撃しているように聞こえやすくなります。

あまりにも自分が攻撃されているように感じると、反撃したくもなるでしょう。しかし、相手が善意でしていることなのに、受け取り方に誤解があって反撃しているとしたら、周囲からは逆ギレや過剰防衛に見えてしまいます。そして、自分には理解者がいない、味方がいないと、一人ぼっちの状況を作り出すことがあります。

そしてどんどん追い詰められて、人間不信になり、孤独になって…「消えてしまいたい」「自分なんかいない方がいいんじゃないか」などと自分を追い込んでしまったりもします。

●「してしまった」罪悪感の取り扱い

(1)心の重荷をおろす

もし、「してしまった」罪悪感が、自分を苦しめていたり、幸せを遠ざけたりしているのなら、「安全な場所」で「信頼できる人」に話してみることをおススメします。

教会などで行われる懺悔で、罪を告白して許しを請うように。話に耳を傾けてくれる人に、自分の胸の内にあること全部を話してみてはいかがでしょうか。

「話すこと=放すこと」と言われています。話す(放す)こと、誰かに受けとめてもらうことで、心に抱えている重荷をおろしやすくなるでしょう。

カウンセリングの現場では、カウンセラーからすると「そんなに自分を責めなくてもいいのに」と思うことでも、ご本人は「とんでもないことをしてしまった」と自分を罰していることが多くあります。客観的な視点を持って、出来事の捉えなおしをしてみるのもいいでしょう。

(2)誰かのために幸せを選択する

罪悪感を抱えていると、「人のことは許せるけれど、自分のことになると許せない」と思う人が多いです。

「自分が許せない!」とちょっぴり頑固さんになっている場合、一度「許す」「許さない」を考えることから離れてみるといいかもしれません。

そして、次の質問に答えてみてください。
「あなたが幸せになったら、喜ぶ人は誰ですか?」。友達、親・兄弟、祖父母、おじさん・おばさん、先生、ご縁のあった人…故人でもOKです。必ず「誰かいる」と探してみてください。

その人は、あなたの苦しみを求めているでしょうか? その人を喜ばせてあげたい気持ちはありますか?

もし、自分のために幸せを望むことを許せないのなら、あなたの幸せを願う誰かのために、幸せをうけとっていくのはいかがでしょう。

たとえ過去に何かをしてしまったとしても、今あなたは誰かを幸せにすることができます。誰かのために、幸せを選択してはいかがでしょうか。

そして、誰かを喜ばせたり、幸せにしたり、愛したりしながら、様々なものへの感謝に取り組みましょう。やがて、許されている自分に気がつく時が来るでしょう。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大塚 統子

自己嫌悪セラピスト。心理学ワークショップ講師(東京・仙台) 「自分が嫌い」「自分はダメ」「私は愛されない」などの自己否定、ネガティブな感情・思考をリニューアルし、自信や才能・希望へと変換していく職人。生きづらい人の心が楽になる気づきや癒しを提供。テレビ・Web記事の取材にも多数協力。