完璧を求める心理~不完全という自己概念を見直してみよう~

完璧を求めても、私たち人間は完璧にはなれません

自分に完璧を求める人は、「不完全な自分」を感じています。
不完全な自分を感じるようになった原因は人により様々ですが、いずれにしても不完全な私は心の中で自らが作り出した自己概念です。
完璧主義があると、人にも完璧主義を適用しようとして、完璧さを求めます。
完璧主義から脱出するためには、今できなかったことを責めるのではなく、できなかったことは成長のためのプロセスだと正当に評価してあげることです。

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自分にも、他人にも完璧を求めてしまいます。
社会的に偉い人に対してもそうです。
完璧ではない人は、レベルが低く、タダの人で子供に見えます。
そのような人は、深いところでは愛することができません。
好きな彼でさえ、要らないし、欲しくない感じがします。
ずっと1人でもいいとさえ思います。
ちなみに、私はちょっと毒親育ちです。
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私たちの心は、往々にして自己概念の裏返しです。

例えば「やせたい」と思う人は、事実はどうであれ、「自分は痩せる必要がある」と思っていますし、仕事ができるようになりたいと思う人は「自分は仕事ができない」と思っています。

自分に完璧を求める人もこれと同様に「自分は完璧ではない」=「不完全な自分」を感じていますし、「完璧にならなければならない」と思っています。

ではなぜ、自分は不完全だと思っているのでしょうか。
これには、人により様々な理由があります。

例えば、女性の場合は、エレクトラコンプレックスが関係している場合が多く見受けられます。

エレクトラコンプレックスは、男性にはある男性器が女性である私には無いことによるコンプレックスです。
そもそもあるべきものが無い、欠落しているというのは不完全な自分を意味しますから、それをカバーしようとする気持ちが働きます。ですから、それ以外の部分で自分を補おうとして完璧に何でもこなせる私になろうとするのですね。

例えば、子供の時代、事実はさておき、十分に親などの養育者から愛されなかったと感じている場合、愛されないのは私のせいだと感じます。子供の時代には、親の置かれている状況事情、まして親の性格など全く考慮できませんから、親を自分より上の位置に見立て、絶対的な位置に置きます。そうすると、自分をその下の位置に置くしかないわけで、親のせいではなく、自分のせいだと感じます。自分の至らなさゆえに愛されない、自分は不十分だから愛されないのだと解釈します。

子供の時代、求めるのは親から愛されることですから、不十分な自分から十分な自分、すなわち完璧な自分になって愛されようとします。

しばしば、この過程でよい子のパターン(しっかりしている、何でもいうことを聞く、自立的)が生まれます。

例えば、親が駄目な人間だと感じる場合、反面教師としてそうならない様に、自己防衛のために完璧になろうとします。

この場合、「親の血を引いている私」ということも意識や無意識の中にあり、親と同じようになってしまう怖れを感じ、そうならないためにも強力に親とは異なる非の打ちどころのない私=完璧な私になろうとします。

これ以外にも完璧になろうとする心のメカニズムは様々ありますが、いずれにしてもその動機となるのは不完全な私という作り出された自己概念が根底にあり、それを打ち消すための行動が完璧主義なのです。

他人に対して完璧を求めるのは、自らの不完全さを否定する気持ちから、人間は完璧でなければならないという強い観念の元に「人」を見ていることや、自分が完璧でなければならないと頑張って自分を縛っているルールを「あなたもそうするべきだ」と押し付けたくなるからです。

例えば、「車内では携帯電話での通話はご遠慮ください」というルールがあり、がまんしてそのルールを守っている場合、平気でそのルールを破って携帯電話で通話をしている人を見ると、どのように感じるでしょうか。「お前もルールを守れよ」と思いますね。

自分が縛っているルールは他人にも守らせたくなるものです。

特に、社会的に偉い人や権力を持っている人についてはこの縛りたい気持は一層強くなります。

例えば、子供が拾った1000円を警察に届けずにネコババした場合と、国会議員が拾った1000円を警察に届けずにネコババした場合では、どちらをより厳しい目で見るでしょうか。行為はどちらも同じですが、後者の方を厳しい目で見るのではないでしょうか。

 

さて、完璧を求めても、私たち人間は完璧にはなれません。

どんな人間でも持ち分があり、できることはできるし、できないことはできないのです。また、今できないことでも、やがてできるようになるためには、経験を積むことも必要です。経験を積む中では当然、不本意なことも起こると思います。

でも、それが糧となって自身が成長していくのです。

完璧主義の方たちの多くは、失敗した時に感じてしまう自分の不完全さが嫌で、往々にしてできることのみ行い、できないことには手を付けようとしません。

しかし、それは自分の人生を狭めてしまうことになるのです。

完璧主義から脱出する為には、まずは今の不完全な自分をそれでよしとし、そこからスタートしていくことです。

できなかったことを責めるのではなく、できなかったことは成長のためのプロセスだと正当に評価してあげることです。

かって、私たちが一歩も歩けなかったときから何度も何度も転んでやがて歩けるようになった成長のプロセスのように。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。