僕だけ、通行人に頻繁に下を向かれる

相談者名
神奈川の30の男
初めまして。軽度の発達障害の者です。

僕は、小学3年生の頃から、歩いていたり、車に乗っているだけで、通行人にジロジロ見られたり、下を向かれます。最初は気のせいだと思っていましたが、あまりにも多いので、自分の顔に原因があると思い始めました。

前に言われたのが、僕の顔は、インパクトのある顔だと言われました。大人になってからは、通行人に話しかける場合に無視されたり、すれ違う時に下を向かれたりします。しかも皆、嫌な顔をする感じなのです。あと、一度、若い女性に「超キモい」と言われました。だから、外出ができません。家に引きこもりです。

タイトルにもありますが、下を向かれるのは、どうも僕だけみたいなんです。
世の中の人間全てに嫌われている、怖がられていることが怖いです。
僕は、優しそうな顔だと言われますし、自分で言うのも変ですが、優しい性格だと思います。だから、尚更怖いです。お店の店員にも、無視されたり、目を合わせてもらえません。(特に女性店員に)

僕は、価値のない人間なのでしょうか?死んだほうがいいのでしょうか?

僕が、安心して外出ができるようになるには、どうしたらいいのでしょうか?

お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします。

カウンセラー
浅野寿和
神奈川の30の男さん、はじめまして。カウンセラーの浅野寿和と申します。

この度は無料相談コーナーをご利用いただきまして誠にありがとうございます。

さて、ご相談拝読しました。

それはおつらい状況ですよね。僕なりにですが、そのお気持ちに共感させていただきながらお話を読ませていただきましたし、勇気を持ってご相談してくださったことに、まずは感謝申し上げます。

それでは本題へ入りたいと思います。

>僕は、小学3年生の頃から、歩いていたり、車に乗っているだけで、通行人にジロジロ見られたり、下を向かれます。最初は気のせいだと思っていましたが、あまりにも多いので、自分の顔に原因があると思い始めました。

なるほど、そう思われたんですね。それは切ないお話ですけれど、しかし一つの心の動きとして考えられることだと思います。

僕たちは理解できないこと、嫌なことがあると、「なぜそう感じるのか?」の理由を探すものです。意味もわからず理解できないこと、嫌なことを放置することは恐怖なんですよね。

だから、切ないお話ですけど、あなたが人にジロジロ見られたり、下を向かれることの理由として「自分の顔に理由がある」と考えてしまうことだってあると僕は思うんですね。

そしてそれはいい悪いというお話ではなく、小学校3年のあなたにとっては切実で、必死に出した答えなのだろうと僕は感じるのです。

が、自分に理由があると思えば、自分を好きになりにくく、自分を嫌いになってしまうかもしれませんよね。

だからもしこの問題を解決していくには「自分の顔が理由だ」と強く思い込んでいる部分をどれだけ手放せるか、が鍵になってくるかと思います。

>前に言われたのが、僕の顔は、インパクトのある顔だと言われました。大人になってからは、通行人に話しかける場合に無視されたり、すれ違う時に下を向かれたりします。しかも皆、嫌な顔をする感じなのです。あと、一度、若い女性に「超キモい」と言われました。だから、外出ができません。家に引きこもりです。

>世の中の人間全てに嫌われている、怖がられていることが怖いです。

そうですよね。

こういったことが起きると「自分がダメなんだ」「もう傷つきたくない」と感じますよね。そのために自分を守るしかなくなることは切ないけれど、そうするしかないときもあるのかなと僕は思います。

ただ一方で、不思議なんですけど、僕たちは何かしらに疑いや不安を持っている時、周囲の人から「そうだよ」と言われると、それが完全に正しいことなんだと思いこんでしまうことがあるようです。

例えば、僕が人にジロジロ見られたり、下を向かれたり目をそらされるのは、自分の顔に理由がある・・・と思っている。

それをお友達や若い女性の心ない一言で強化されてしまうことがあるわけです。顔が理由に違いない、と。そう思うことで、あなたの不安の答えがより明確になるんですよね。

この感覚がいいか悪いかは別にして、「どうして自分だけ目線を合わせてもらえないのだろう」という理由になり、ここで気持ちが一時的に安定するのです。

逆に言えば、誰かに「あなたの顔が問題じゃないと思うよ」と言われても、それは自分の答えと違うので不安を煽られることになり、「いやいや」と言いたくなるものかもしれません。

しかし、人がジロジロ何かを見ることも、目線を合わせないことも、あなたが理由というより、他人が決めて行っている行動です。だからあなたが人に何かしら実害を与えていないのであれば、その他人の行動の結果責任をあなたが背負うことはありません。

ここは少し自分と人を切り分けて考えてみていいと思うんです。

が、この切り分けがうまくいかなくなる理由もまた存在します。

それが怖れや分離感いった感情です。

もし小学3年生のあなたが全く悪意なく、しかしなぜか人にジロジロ見られたり、目を合わせてもらえないとすれば、とても傷つくかもしれないし、不安で寂しい思いをするかもしれない。

それ以後、あなたがなかなか人と関われなくなるしたら、たしかに人と関わらないことで安全は確保されるかもしれないけれど、これ以上不安にならないように、世の中を不安という感情のフィルターで見続けるかもしれません。

だからあなたがなかなか安心ができなくなり、不安が続く、という考え方が私達の心理学の見方です。

コレはとても苦しいですから、できれば抜け出しておきたいろことですね。

>僕は、優しそうな顔だと言われますし、自分で言うのも変ですが、優しい性格だと思います。

人の痛みを知る人は、その痛みを優しさに変える才能を持つ、といいます。

あなた自身が優しさが大切だと知っておられるのでしょうね。それはとても素晴らしいことだと思います。

もしあなたが大変につらい痛みを抱えていても、優しい性格なのであれば、そんな自分をどういった風に扱ってみたいですか。

まずはあなたに優しさを向けてみてください。ここでいう優しさとは、あなたが自分を責める理由を見つけるのではなく、自分をいわたる、自分の感じていることを表現する、自分らしく生きることです。

そのための第一歩として、まずはあなたのお気持ちを整理することから始めていくと良いかもしれません。

今、あなたが今感じている気持ちは、どういったものなのでしょう。そういったあなたの気持ちを人とのコミュニケーションの中で解放することがまずは癒しにつながりますよ。

信頼できる人やお友達、時にはカウンセラーを含めていただければありがたいですが、まずあなたの気持ちを人と交わし合ってみてください。あなたが人と気持ちの面で関わる度合いだけ、あなたの葛藤が徐々に落ち着くこともありますよ。

例えば、寂しい時は寂しい、不安な時は不安、嬉しいことは嬉しい、そういった今まで滞っていたあなたの気持ちを解放することで不安が和らいだり、心に余裕が生まれます。

するとあなたのココロの中に不安が少なくなるだけ、あなたが安心して毎日を過ごせるようになっていくでしょう。

ただ一つだけ、こういった問題に取り組む時に大切なことがあります。

私達が不安でも怖れでも喜びでも、何かしらの感情を感じている時。それは時に「周囲から感じさせられていること」のように認識しますが、心理的には「全ては自分が感じていること」と解釈します。

だから自分が変われば、世界も変わる、のです。
そうでなければ、あなたがいくら変わっても、状況は何ら変わらず苦しみが続くことになってしまいますよね。

だからこそ「どうして自分はこういった気持ちになるんだろう」と、自分をお責めにならず、自分の気持ちに興味を持って、ここを乗り越えていこうという意欲を持ってみてくださいね。

それもまた自分を大切にするという一つの形ですので。

簡単ですが、今回は以上となります。

この度はご相談いただきまして、誠にありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

浅野 寿和

年間400件以上の面談カウンセリングを行う実践派。「男女関係向上・男性心理分析」「自信・自己価値向上」に独特の強みをもち、ビジネス・ライフワーク発見なども対応。明快・明晰かつ、ユーモアと温かさを忘れない屈託のないカウンセリングは「一度利用するとクセになる」と評され、お客様の笑顔が絶えない。