ネタと思えば。

心理学を学び始めて、過去の出来事を「心理学的」に考えてみたら、いろいろと理解が深まったり、違う見方が出来て、目からウロコが落ちたり、ああ、私の生きてきた道は正しかったんだと思えたりしたものでした。

その中のひとつを、今日はご紹介したいと思います。
私たちは、心理学を使って、「癒し」というものをしていきます。
過去の痛みを癒していくものですが、そこには必ず、誰かとの「つながり」の要素が欠かせません。人の心は、誰かとのつながりや愛を思い出すことで、ずいぶんと癒されるものなのですね。

さて、では、もう20数年前のお話です。
私は、英国留学を1年ほどしていたことがあるのですが、留学中に知り合ったスイス人の友人のところへ、遊びに行ったことがありました。1週間ほど、友人と彼の奥さまと、友人のおかあさんの住む、ハイジが出てきそうな可愛いお家に泊まらせてもらっていました。

友人は、観光王国スイスの観光バスの運転手さんでした。
夏ということもあり、友人はとても忙しく、そのことをとても申し訳なく思っていたようで、ある時、こう言いました。

「明日のバスには、日本人のグループを乗せることになっているから、千里も一緒に行こう。」

そろそろ一人歩きにも飽き、時間を持て余していた私は、ふたつ返事で、友人に同行することにしました。
大きな観光バスを運転する友人と、日本人団体をお迎えに空港へ向かいました。
20名ほどの日本人が乗ってきました。

団体を率いていた添乗員さんが、運転手である友人に笑顔で挨拶しました。友人は、私のことを紹介していたようでした。バスがゆっくりと出発し、添乗員さんは、くるりと私のほうを向きました。そして、冷ややかにこう言いました。

「後ろの席へ行きなさい。」

彼女の様子に、私はすっかり学生気分だった自分が、いち社会人として(無職中でしたが)常識のないことをしているのかもしれないと思いました。

「ヤバイ」

一番後ろの席で呟きながら、とてもまずいことになっていることはわかりましたが、席が離れていて、友人と話すことができません。どのくらい移動したでしょう。添乗員の彼女が近づいてきました。そして、再び冷ややかにこう言いました。

「次の信号で、降りて。」

彼女は仁王立ちで、私が立ち上がるのを待っていました。
こうなっては、「ここがどこなのか」「どうすれば家に帰れるのか」そんなことは、後回しでした。
それに、友人の立場も心配になりました。私が乗っていたことで、何か大きな問題にならないのだろうかと。

荷物を持って、私はバスの前方へ移動しました。
やがて、赤信号でバスが止まりました。

「ドアを開けて。私、ここで降りるから。」

友人は、びっくりして、こう言いました。
「どうして、千里がここで降りなくちゃいけないの?」

添乗員の彼女は、席に座ったまま何も言いませんでしたし、私が理由を説明する時間もありませんでした。

「駅で待ってるからね」

携帯電話もない時代、出先で、いつも待ち合わせしていた駅がありました。そう言って、バスを降りた私を、友人は涙目で見ながらドアを閉めました。

私も、泣きそうでしたが、バスがすっかり行ってしまうと、はっと我に帰りました。

ぽつんと放り出された、ここは異国の地。土地勘も何もありません。スマホもありません。しかも、友人のバスに乗ってればいいと思っていたので、ガイドブックも持ってきていません。
さらに、道をたずねようにも、人がいない。民家もない。
ただ道路があるような、殺風景な場所でした。

さて、なんとかして、友人と約束した駅に辿り着かねばなりません。
見回しても、少し歩き回ってもみましたが、駅らしいものはなさそうでした。

「タクシーだな」

つべこべ言っていないで、タクシーに連れ帰ってもらおう。それしかない。いくら掛かるかわからないけど、まあ、なんとかなるだろう。

通りかかったタクシーを捕まえると、駅名を告げました。
その時、運転手さんが「え?」という顔をした意味を、その時の私は理解できませんでした。

タクシーに乗り込んだ私は、すっかり安心していました。
「これで帰れる!」そう思うと、本当にほっとしました。

ところが、30分ほど走っても、まだ着く気配がありません。それに、運転手さんがこう言うのです。

「ハイウェイに乗ってもいいか」

この辺で、運転手さんが「え?」という顔をした意味がわかってきました。
どうやら、ずいぶんと待ち合わせの駅から離れていたようでした。私は運転手さんに聞きました。

私「クレジットカードは使える?」

運「使えないよ」

私「トレベラーズチェックは?」

運「使えない」

私「じゃあ、近くの駅で降ろして」

運「ハイウェイに乗っちゃったから、駅ないよ」

タクシーの中は、不穏な空気でいっぱいでした。
運転手さんは、お金のないアジア人を乗せてしまった、と思い、私は、いったいいくら掛かるんだ?どうやって支払うんだ??と、静かにパニックになっていました。

結局1時間くらい走ったのでしょうか。待ち合わせの駅に着きました。金額は、日本円で2万円くらいだったと記憶しています。持ち合わせの現金では、全然足りないことを運転手さんに伝えました。でも、トラベラーズチェックが両替できれば払えること、駅の中の両替に行ってくる間、ここで待っていて欲しい旨を伝えました。

大急ぎで、両替に走りました。しかしなんと、休み。結局、クレジットカードのキャッシングなんてやったことありませんでしたが、「神さま、お願い!」とやってみたところ、現金ゲット!運転手さんのところへ走りました。

運転手さん、無線で誰かと話ていました。きっと、無銭乗車されたと会社に報告していたのでしょう。私を見つけると「あ、戻ってきた」という顔をしました。無事、お金を支払え、私も運転手さんもほっとしました。

駅で待っていると、友人がやってきました。
優しい友人は、また涙目になりながら、何度も私に謝るのでした。一番、心を痛めたのは、私なんかではなく、この友人だったのかもしれません。私は、友人を逆になだめながら帰ったのでした。

異国の地で放り出されるという、貴重な経験をした私ですが、今、振り返ってみると、私はこの経験を、辛い思い出とは一度も思ったことがないのでした。
さらに、よく思い出してみると、添乗員さんの様子に「やばい」と思った辺りから、私の心の声は小さくこう呟いていたようなのです。その声のおかげで、私はひどく落ち込むこともなければ、泣き崩れて、異国の地で動けなくなることもなかったようです。
ヒヤヒヤしながらも、元気に帰ってきて、友人をなぐさめれるくらいだったのですから。それに、今、こうしてコラムが1本書けたりもしているのです。

その呟きは、これです。

「ネタだな」

心がそう呟いた瞬間から、このストーリーは、誰かにいつか、おもしろおかしく聞いてもらえる前提になりました。そしてなにより、私を心配してくれた友人の存在は、私を何としても待ち合わせ場所までたどり着かせる原動力となり、どの瞬間も、私は友人とつながり、やがて笑い話として聞いてくれる、日本にいる友人たちともつながっていたようです。

「ネタ」として見るということは、誰かと「つながる」ことを意味していて、そのつながりの中で、ひどい出来事ほど、笑い話になる、そんな魔法の考え方かもしれません。

「笑いは、最大の癒し」とは、よく言ったものですね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

池尾 千里

「自分らしく自分の人生を生きることに、もっとこだわってもいい。好きなことをもっとたくさんして、もっと幸せになっていい。」 そんな想いから恋愛・夫婦関係などのパートナーシッップを始め、職場、ママ友などの人間関係、子育てに関する問題など、経験に基づいたカウンセリングを提供している。