●逃げたい気持ちと向き合う気持ち

こんにちは。吉見太一です。
5月も近づいてくると、本当に暖かいですよね。
でも、この時期って、五月病と言われるくらい、なにか、言葉になら
ない、すごく複雑な気分になりませんか?
なんとなく・・・
『もう、ヤダな〜逃げ出したいなぁ。』
とか
『もう、なにもかも、投げ出したい!!』
とか、思ったことないですか??
僕は、この時期よくあります(笑)
この『逃げる』という言葉で、
フト・・・思い出したことがあります。
ちょうど、僕が中学生のときでした。
中学生というと、思春期の真っ最中で、同じ年代の女性を意識すると
ともに、親との接触を極力避けてた時です。
僕の実家は、とある主要駅から、支線の電車に乗り換えて帰るのです
が、事件は、その乗り換える主要駅でおきました。
僕は、その日、学校の授業とクラブ活動を終えて、帰路に着く為に、
その主要駅で、支線の電車を待っていました。
そうすると、人込みの向こうに、見たことがある女性が歩いてくるの
が分かりました。
軽いウエ〜ブパーマの中年の女性です。
そうです。
僕の母親です。
僕は、内心・・・
「やべっ!!おかんや!!!(←お母サマの別称^_^;)」
なぜ、母親を見たからやばいのか分かりませんが、それが、僕の直感の
気持ちだったのです。
その直感の意味がすぐに分かりました。
。。
僕を見つけた母親は、うれしそうにこう呼びました。
「たいちゃ〜ん。」
急に、僕は恥かしくなってきて、顔を伏せて無視してしまいました。
すると、今度は少し大きな声になって、
「たいちゃん!たいちゃ〜〜ん!」
僕の内心としては・・・。
「うわぁ〜、もう、やめてよ。。。」
と思うとともに、気付かないフリをして、母とは逆の方に歩きました。
逃げ出した僕を見て、母の声はさらに大きくなります!
『たいちっ!たいちゃ〜ん!!ちょっと、待ってぇ〜〜!!!』
もう、ここまで来ると、プラットホームにいる大半の人が、僕たちを
見ています。
その視線を感じれば感じるほど、僕は恥かしくなります。
そして、ホームの一番端っこまで追いかけてきた母が、僕を捕まえて
こう言いました。
「ちょっと、あんたのことを、さっきから呼んでたの聞こえなかった
の??もぅ、お母さん、疲れたわぁ。。。」
あんな、ドでかい声が聞こえてないわけがありません。
どれだけ名前を呼んでも、逃げていく僕に腹を立てる母と、
「大声で俺の名前を呼ぶなよ!」の気持ちを汲み取ってくれないこと
に腹を立てる僕と、結局は、2人ともケンカをしながら家に帰ること
になりました(>_<) こんな経験を「逃げる」という単語で思い出してしまいました(^^ゞ さらに、僕は、以前に会社員時代があるのですが、営業職をやってい ました。
もちろん、クレームやトラブルが付きまといます。
大げさに言うと、100件担当していれば、100通りのクレームがあり、
100通りのトラブルがあります。
トラブルやクレームが発生すると、自分の中で『恐怖』が芽生えて、
その恐怖から逃げたくなったり、放っておきたくなります。
一種の、「知らぬ、存ぜぬ状態」になりたくなります。
実際に、そこで本当に逃げてしまったり、放っておいたりすると、その
『恐怖』は、さらに大きくなってしまい、言いようのない重たい感情
が自分を支配していました。
皆さんも、仕事だけではなくても、他のことでもよいのですが、この
ような気持ちになったことはないですか??
怒りのエネルギーは、大半の人が苦手だと思うのですが、僕も例外で
はなく、その怒っている人に出来るだけ近寄らないように、その怒り
のエネルギーに出来るだけ触れないようにしてしていたんですね。
そして、自分では解決できないような気持ちになってしまい、引きこ
もってしまったりしていました。
しかし、実際は引きこもっても、何も解決しないんですね。
「どうしよう?どうしよう??」
って、不安になってしまったり、
「こんなにも、放っておいて、どのツラ下げてあの人に会おう??」
って、出口のないような気持ちになって、イヤ〜な気持ちが、悶々と
自分の脳裏を駆け巡りました。
このような気持ちないですか(^^)
そんな時は、気持ちで負けないように心がけていました。
そして、気持ちのベクトルを『逃げる』ではなくて、『向き合う』を
選択しました。
向き合うのは、本当に怖いものです。
しかし、向き合えば、自分のやるべきことが決まり、とるべき行動が
決まったからです。
逃げずに向き合うことで、それだけの恐怖と戦うには、自分の中の怒り
のエネルギーを使うときもあります。
ただひたすら、お詫びする弱い
男の子のエネルギーを使うときもあります。
どちらにせよ、今までの立ち止まったままの不安よりは、状況が前進
していました。
話をもとに戻しますが・・・
僕は、あの駅で母親から逃げることで、「イヤだな」っていう気持ち
とともに追いかけられました。
もしも、1回目に母が僕の名前を呼んだときに、僕が逃げずに向き合
って、母に「気付いたよ!」って、サインを出していれば、大声で名前
を呼ばれたり、追いかけてこられるような恥かしい思いや、ケンカや
イヤな思いをしなくて良かったのかもしれませんね。
向き合ってれば、「気付いたよ!」っていう、自分のやるべき行動が、
定まって、オオゴトにならずに済んだのかもしれません。
『逃げること』ではなくて『向き合うこと』もいいかもしれませんね。
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