完璧主義を手放そう~「まぁ適当でいいかっ」の気分ではじめてみる~

部屋の片付けは、大変ですね。

部屋を完璧に片付ける事は殆ど出来ないものです。どこかで片付かないものが残ります。
片付けるからにはきちんと最後まで完璧にしなければならない・・・そんな事を感じていたとしたら、最初から片付け自体をやりたくなくなってしまいますね。

実は、部屋を片付けられない人達の多くが、完璧主義者です。
完璧主義者は、完璧に出来る事はしますが、完璧に出来ない事はしません。
完璧主義者は、完璧に出来ない時に「不完全な私」を感じるのが嫌なのです。

子供は、親に愛されたいと思い、また親が絶対だと思っています。親は神様のように完璧なのです。
そうすると、自分も完璧にならなければ、親から愛されないと思ってしまいます。そこで、完璧になろうとしますが、それは無理ですね。そしてそこで、不完全な私を感じたりします。
完璧主義を手放す方法は、気負わず、深刻にならず、「まぁ、いいかっ」という気分で、とにかくやってみる事ですね。

◎リクエストを頂きました◎
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毎回 楽しみに読んでいます。
私は散らかっている部屋で十年近く暮らしている、いわゆる「片付けられない女」です。
そのせいで友人を部屋に呼ぶ事もないですし、彼氏ができない最大の理由でもあります。
まるで、空き巣に入られたような惨状です。
散らかっている、という範疇を超えて不衛生なので、毎週末「明日こそ大掃除するぞ」と心の中で誓うのですが結局現状は何も変わりません。
一見、きれい好きそうに見られるので友人、知人が今の私の部屋をみたらどん引きするでしょう。
心理学的にみてこのような怠け者についてどのように思われますか?
恋人にいつでも「ちょっと寄ってく?」と言えるような部屋に暮らす日々を送ってみたいのです。
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●部屋を片づけるのは難しいこと?

部屋を片付けるって、とっても大変ですね。
部屋を片付け始めて、「さて、これはどこに仕舞おうかなぁ」と片付ける場所に迷ってしまったり、「これ捨てていいかなぁ・・・でもまた必要になるかもしれないし」などと判断が出来なかったりしてしまいます。
それでも一生懸命に片付けを進めていくと、どのカテゴリーにもまとまりきらない雑多なものがどうしてもいくつか残ってしまって、「うーん、完璧に片付かないじゃないか」と思ってしまったりしませんか?

部屋を完璧に片付けるということは、殆どの場合できないものなのですね。
どこかで片付かないものが残るのです。
漫画のシーンでよくありますが、そういうものは取りあえず押し入れに押し込んでおく、という結果になるのですね。
でもまぁ、片付ける前に比べれば、随分と部屋は綺麗になっている、それが片付けるという事ではないでしょうか?

ところが、物をきちんとカテゴリー別に分類し、将来使うかどうか適切に判断して残す物は残して捨てる物は捨て、決まったスペースにこれらをきちんと整理しながら入れようとすると・・・「そんなの無理~」という感じにならないでしょうか?
片付けるからにはきちんと最後まで完璧にしなければならない・・・そんな事を感じていたとしたら、最初から片付け自体をやりたくなくなってしまいますね。

部屋を片付けて何とか見栄えが良いようにする事はできそうですが、完璧に片付ける事はとても難しい事ですね。そんな条件が加わると、部屋を片付けるという事が、とてもハードルが高い作業になってしまいますね。
実は、部屋を片付けられない人達の多くが、完璧主義者なのです。

●完璧主義者ってどんな人?

一般的に完璧主義者というと、何でも完璧に成し遂げてしまう凄い人のイメージがありますが、それは大きな誤解です。そんな神様のような人は、先ずいません。
完璧主義者は、完璧に成し遂げられる事は完璧にやり遂げるけれども、完璧に出来ない事には手を出さないのです。

完璧主義者は、手を出した事をほとんどきちんとやり遂げる訳ですから、何でも完璧に出来る人と周りから見えてしまうのですが、実は完璧に出来る事しか手を出さないのですから、当たり前ですよね。
部屋の片付けは、殆どの場合完璧に片付けられない訳ですから、当然、完璧主義者の人は部屋の片付けをしません。

もしご自分の部屋が散らかっていて、片付いていなかったらご自分が完璧主義者ではないかなぁ?と少し考えてみてください。
そして、部屋の片付けだけではなく、仕事で、あるいは日常生活でも完璧に出来そうにない事は後回しにしたり、手を付けていなかったりする行動パターンがあったとしたら、そう、完璧主義者の疑いが濃厚ですね。

●どうして完璧主義になるの?

完璧主義者は、完璧に出来ないときに感じる感情、すなわち、できない私を感じるのが嫌なのです。
できない私って、「不完全な私」ですね。
不完全な私を心のどこか(顕在意識かも知れませんし、無意識かも知れません)で嫌っているのですね。
子供の頃の私たちは、親に愛して欲しいと思っています。

自分の事を見ていて欲しいし、「良い子だね」って褒めて欲しいと思っているのです。
そして、親からいっぱい愛してもらいたいために、親の反応を見ながら自分なりに判断基準を作って「良い事」「悪い事」の線引きをしていきます。
一方、殆どの場合、私たちは小さい頃親が絶対だと思って育ちます。たとえ自分の親が世の中でどのよう立場にいても、小さい頃は世の中の事なんてわからないから、そう思うのですね。子供から見れば、親は神様のように完璧なのです。
そうすると、自分も完璧にならなければ、完璧な親からは愛されないと思ってしまいます。そこで、完璧になろうとするのですが、そんな事できる筈がありませんよね。そしてそこで、不完全な私を感じたりします。
不完全な私を親に見せてしまうと、親から愛されなくなってしまうのではないかと思いますね。そして人間の習性として、それを隠したくなりますよね。私は不完全ではないと。

自分の不完全さを隠す方法、そうですね、完全にできない事は手を付けない事ですね。
これは、小さい頃に自分自身が自分に仕組んだ「罠」なのですね。
以上は一例ですが、自分自身の不完全さを感じるプロセスは、他にも例えばエレクトラコンプレックスがきっかけになったりする事もあります。

さて、今まで部屋を片付けられなかった人が部屋を片付ける方法を一つお伝えしますね。
それは、適当にやってみる事です。気負わず、深刻にならず、「まぁ、いいかっ」という気分で、とにかくやってみる事ですね。きっと、今よりはいい住環境が作れるのではないでしょうか?
これは、部屋の片付けだけにとどまらず、何事にも応用してみてくださいね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。