寂しさとその癒し方(3)~喪失感の裏側に~

大事な人を失う経験は私たちの心に大きな傷を残します。

そうすると、もう二度とそういう痛い思いをしないように、心の扉を堅く堅く閉ざしてしまうことも珍しくないんです。
そうして、心を閉じてしまうと、やはり感情とのつながりが切れてしまいます。その瞬間から、寂しさがひたひたと溜まっていくようになるのです。しかし、その扉をまた開けるのは非常に勇気が要るもの。そこで私たちはまた辛くなるのです。

●喪失感の裏側に。

あなたが大切な人を失ったとしましょう。
たとえば、家族の死、大好きな恋人との別れ、大切な友だちとの別離など。

とても強いハートブレイクに見舞われます。
痛いし、辛いし、悲しいし。そして、もちろん、寂しさもあるでしょう。
なんで、こんな目に合わなければならないのか・・・と嘆き悲しみ、絶望する事だってあるでしょう。

私たちはほんとうに辛いときは涙も出ずに、ただ呆然としてしまいます。
よく「大事な人が亡くなったのに、お通夜でもお葬式でも一粒も涙が出なくて、私は冷たい人なんじゃないかと思った」という話を聞くのですが、実は、それは大きな誤解。

あまりにも辛いと、心の防衛本能が働いて辛いという気持ちさえ、感じさせないようにするのです。いわば、ブレーカーが飛んでしまった状態ですね。
だから、冷たいどころか、むしろ、すごく愛情深いのです。

また、別れ方によっては罪悪感や惨めさ、無力感などの感情から、強い自責の念を感じる場合もあるでしょう。
「自分は昔、大事な人を深く傷つけてしまった。だからもう、人を好きにならないと決めた」みたいな話、聞いたことありませんか?

罪悪感は、人から遠ざかることで自分を罰しようとします。
寂しさを自分に与える方法は、とてもいい“罰”になるのです。

さて、そういう本当にしんどい思い、辛いを思いをしたとき、私たちは、もう二度とそんな思いは経験したくないと思います。

すると、その辛い思いを感じないようにするために、心の扉を閉めてしまうことが少なくありません。そして、その鍵を堅く堅く封印してしまうのです。

でも、その辛さや悲しみだけ取り出して、閉じ込めることはたいへん難しいこと。
辛い気持ちと同時に喜びや楽しみといった感情も隠してしまいます。

そうして心とのつながりが切れてしまうので、寂しさを感じ始めます。

誰かが側にいてくれたとしても、あまり安心感を感じることはできません。
むしろ、誰かの優しい手を振り払いたくなる事だって少なくないのかもしれません。

でも、そのときも、着々と心の中に寂しさは募っていくのです。

誰にも話せない秘密を持つと、そこで、周りの人との分離が生まれます。
近づかれたくないし、近づきたくありません。
もちろん、隠し事をしているという思いは罪悪感を作り出しますが、同時に、人と分離した分だけの寂しさを募らせるようになるのです。

いつか、時期がきて、準備を整えて、その扉、開けてみませんか?
このまま一人、思いを抱えるのは辛いはず。そして、つながりが無いのもまた、虚しさや惨めさを産みます。

寂しさはそうした副産物をたくさん作り出していくようです。

もし、あなたの大切な人が過去のことを語りたがらなかったり、何か影がある感じがしたり、家族のことにあまり触れなかったりするとしたら、そんな喪失感を察知してあげると良いかもしれません。

もちろん、だからといってずけずけと土足でその心に上がりこむことはいけません。
その痛みを想像しながら、じっと心を開けてくれる(すなわち、信頼してくれる)まで、待っていましょう。
そのために、まずはあなたから、信頼を送ってあげることが大切ですね。
「この人は必ず扉を開けてくれる。私もそのためのベストを尽くしている」という風に思っていてください。

>>>『寂しさとその癒し方(4)~寂しさを癒す~』へ続く

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