完璧主義を癒す~それでも愛されている~

完璧主義は、「エゴの罠」の一つで、「完璧でなければ無意味だ」と感じてしまうマインドです。

完璧にできないと自己攻撃をしてしまい、全くやりたくなくなってしまうので、新しいことに挑戦できない、あるいは壁を乗り越えられずに長続きしないために本来の能力を発揮できないという問題につながりやすくなります。エゴは、「完璧でなければ愛されない」と思い込むことで、自分は大事な人から「愛されていない」かもしれないという不安や痛みに対処しようとするのですが、これはもちろん真実ではありません。

「完璧さ」へのこだわりを手放すには、自分はそのままで「愛されている」と感じられるようになることが大事なので、まずは、今のあなたに関わってくれる周囲の人たちの温かさに気持ちを向けてみましょう。今のあなたはそのままで受け容れられ、愛されているのです。

◎リクエストを頂きました◎
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完璧主義についての心理的アプローチをお願いします。私は何かと1番でなければイヤなのです。勉強もスポーツも、そこそここなせるタイプで、友達にも「何でもできてすごいね」と言われますが、なぜか「1番じゃないから」と素直に喜べませんし、「1番でなければやってもしかたがない」と思ってしまいます。

いろいろなことにチャレンジしますが、上には上がいると思うといやになって止めてしまいます。本当は、1番じゃなくてもいいじゃん、と思いたいし、自分ができることをちゃんとほめてあげたいのです。でも、それができない。心理的に何につっかかっているのでしょうか。
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リクエストをありがとうございます。誰しも、何かをやる以上、うまくやりたいという気持ちはあるでしょうし、「1番になりたい」気持ちも、それが向上心につながるならばあながち問題ではないかもしれません。でも、「1番でなければ」という気持ちが強くなりすぎて、たとえ好きなことでも続けられないならば、それは「完璧主義の罠」のせいかもしれません。完璧主義の罠の目的とそこから抜け出す道について解説します。

● 完璧主義の罠

完璧主義は、私たちが「エゴの罠」と呼ぶものの一つで、「完璧でなければ無意味だ」と感じてしまうマインドです。完璧にできないと自分をひどく攻撃してしまうため、「完璧にやるか」「全くやらないか」の2者択一しかないように感じられます。実際には、「完璧にやる」ことができるのは、自分がすでにできることだけなので、新しいことに挑戦できない、また、最初に突き当たった困難を乗り越える前に挫折して、その痛みが完璧主義を強化してしまう、ということを繰り返すようです。よく聞く話で、完璧主義の人の部屋は散らかっていて汚い、と言います。全部完璧に片づけ、それを維持していくことができない、と思うと、縦のものを横にするのも億劫なのでしょう。こういう人は、まわりから「だらしがない」と思われてしまいがちですが、本人は、常に「100か0か」の選択を迫られているように感じているので、心はストイックで「遊び」があまりありません。そんな生真面目な心情が理解されないと、深い孤独感を覚えることもあります。

● 完璧主義の罠が覆い隠すもの

完璧主義の罠にはまりやすい人には、幼少期の早い段階で自立を期待されたり、躾の厳しい家庭で育った人が比較的多いようです。

子供というのは、自分の存在を親に喜んでもらいたいものです。親の期待に応えて親の喜ぶ顔を見ると、「自分は親の期待に応えたから愛された」と思い込むことがあります。そして、特に、幼児期の早い段階で自立を促されるような場合には、親の手が離れた(愛されなくなった)のは、自分が期待に応えられなかったからではないか、という誤った認識になるようです。

親の自分への期待を敏感に感じとり、それを実現させなければいけない、期待を裏切ってはいけないという強い使命感がある一方で、その裏返しとして、この期待を裏切ってしまうと愛されないのではないか、という強い不安感が隠れています。そこでは、この不安に対する防衛として、「一生懸命にやったのにうまくいかずに愛されない」、というのはあまりに耐え難いので、「やらなかったからできなかった、だから愛されない」というシナリオを選びたい気持ちが出てきます。同じ「愛されない」であっても、「やらなかったからできなかった」のであって、「やればできたかもしれない」という希望を残したい、そして「できたら愛されたかもしれない」と思いたい、という切ない思いがありそうです。

● それでもあなたは「愛されている」と知る

しかし、本当の誤解は、「完璧にできなければ愛されない」という思い込みの方にあります。
もともと「愛される」かどうかは、「完璧にできる」かどうかとは無関係な問題なのですが、「愛されたい」気持ちが、その拠り所を「完璧にできる」ことに求めてしまったところに誤解のもとがあるようです。

人生での大きな失敗や挫折にもかかわらず、親や兄弟、友人・知人といった周囲の人々に温かく受け止めてもらい、見守られる経験を通して、この思い込みを手放せるようになる人が多いようですが、願わくば、そのような辛い経験をせずとも、「完璧にできない」自分を許し、受け止められるようになりたいものです。

もしも、自分はこの完璧主義の罠に落ちやすいところがあるな、と感じたならば、「ちゃんとできない」「完璧になれない」あなたにもかかわらず、あなたと関わりを持ち続けてくれる人たちを思い出してください。その人(たち)の暖かいまなざしや、さりげない好意に思いをいたしてみてください。それでも、その人たちはあなたのことが好きで、あなたを応援したいと思っています。あなたは、そのままで十分に「愛されている」ということを感じながら、「完璧になれない」自分を許してください。「完璧さ」へのこだわりを手放したところにあなたの本当の可能性が広がっているはずです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。