過去の虐め

相談者名
タツヒラ(20代・男)
はじめまして。
私は過去の虐めをなかなか克服することができません。
未だに心の中ではその時のことをひきずっています。虐めがはじまったのは運動会の予行練習の時でした。
いきなり面識のないガラの悪い感じの上級生が蹴ってきたのです。
「~ってんのかお前!」と低い声で何か怒鳴りながら蹴ってきたのですがパニックで何を言っているのかまでは分かりませんでした。
未だに何が原因かはわかりませんが相手の気に障ったようでした。
その時は「恐怖」や「何故?」という感情もありましたが「全校生徒がいて先生も全員いて何で誰も助けてくれないんだろう?」と強く感じたのを覚えています。

その後もその蹴ってきた上級生と仲間から相手が卒業するまで虐めが続きました。
その間休み時間になると校舎裏の人気のない場所に隠れ息を殺していましたがそれでも机に心無い落書きが書かれたり上履きが無くなるのは日常茶飯事でした。
虐めが続くにつれ私に変化が現れはじめ次第に辛い感情以外がなくなり普段の生活でまったく話さなくなりボーっと遠くを見つめるようになりました。
次に原因の分からない腹痛に悩まされ白髪が生えだんだん友達や自分自身も信じられなくなり、笑い声がすれば自分を馬鹿にしているように感じ、誰かが近づいて来てくれてもそれが好意なのかからかわれてるのか分からなくなり人から離れるようになりました。

田舎だった為中学も虐めっ子と同じでしたがいじめからは解放されました。
しかし今度は相手の中学での生活をみて「何であいつらは自分にこんな酷いことをしたのに友達や彼女と楽しそうにしてるんだ!自分はこんなにも惨めじゃないか!」と悲しみや怒りを感じるようになりました。
一見落ち着いた今も元々悪いことをしていた人が更生して…という話を見て「お前はそれで良くても当時傷つけられた人はどうなる!」と怒りが湧き上がったりお酒や煙草をはじめそういう物を悪と捉えたりする節があります。

私なりに正しく生きてきたつもりでしたが社会ではスポーツをしていたか、恋愛経験だとかお酒が飲める、煙草が吸えるだとかは重要なことのようです。
虐めに問題を押し付けてる部分があるのも頭では分かっているのですがこういう時僕の人生はいったいなんだったんだ、と悲しくなるのです。

カウンセラー
中原謙一
タツヒラさん、始めまして
私は中原謙一と申します。
よろしくお願いいたします。そもそも、いじめというのは心が弱い人間がすることです。
そのいじめに耐え抜いたタツヒラさんは、実は心が強い人間であるといえるでしょう。

しかし、いじめた人間は、自分が人をいじめている自覚はほとんどがありません。
いじめは「いじめられた」とされた側が思ったときに「いじめ」と言われるようになります。

タツヒラさんは過去のいじめられた経験が今も残っているようですね。
いじめられたという事実は確かに消えないかもしれません。
しかし、今でもいじめられたことを理由に他人を恨み、自分を不幸にし、周りの人の愛情を受け取らないという行為そのものは、実はタツヒラさんに愛を与えようとしている人たちをいじめている行為そのものになってしまいます。

つまり、今のタツヒラさんはいじめた人たちに対する恨みを使って、当時助けてくれなかった周りの人たちに対しても、攻撃を加えているのかもしれませんね。

タツヒラさんにとっては、今もいじめは続いています。
それは自分が「いじめられた」という被害者であり続けるために、過去の自分にすべての責任を押し付けて、今の自分が過去の自分をいじめているようなものですね。

もう一度繰り返しますが、今回りの人たちの愛を受け取らなければ、タツヒラさんはその相手をいじめているのと同じです。

過去を使って今の自分を苦しめるのは、できればもうやめにしませんか、というのが私の提案です。

冒頭に書いたように、人に対していじめを行うのは、心が弱い人がするおろかな行為です。
タツヒラさんは、そんな自分をいじめた人たちと同類になりたいですか?

私ならいやです。

であれば、タツヒラさんをいじめた人たちができなかったことを、タツヒラさんが回りにしてあげるというのはいかがでしょう?

彼らは、人を愛する、人にやさしくすることが根本からできていない人です。
ならば、誰よりもいじめられる苦しみ、つらさを知っているタツヒラさん自身が、同じ悩みで苦しんでいる人たちに手を差し伸べてあげてもいいのではないでしょうか?

そして、自分と同じ思いの人を増やさないためにも、周りの人が与えてくれる愛情を快く受け取ってあげてもいいのではないでしょうか?

人は傷つく生き物です。

しかしそれは、傷ついた分だけ人にやさしくなれるから、人は傷ついて学んでいくんですよね。

でも、傷ついた自分をさらに傷つけたり、傷つかないように避けていては、人を愛することができなくなり、うらむことばかりになってしまいますし、傷は一向にいえることはありません。
さらに、今度は自分が誰かを知らないうちに傷つけてしまうこともあります。

自分がいやな思いをしたのであれば、人に同じ思いをさせない。
それが、おもいやりではないでしょうか?

タツヒラさんならできると私は信じています。
なぜなら、タツヒラさんはいじめに耐え抜いた強さを持つ人間ですからね。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
タツヒラさんがみんなから愛される素敵な男性になられるよう、心よりお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

中原謙一

この記事を書いたカウンセラー

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